5年ぶりのインタビュー取材で

2019年1月23日に、WOWOWドラマ『ダイイング・アイ』の取材で、恵比寿のスタジオで春馬さんに会った。『僕のいた時間』の取材から5年ぶりだったが、相変わらず擦れたところがなく、質問を向けられるたびに真剣に自分の心を探りながら、怖いくらいに真っ直ぐな瞳でその場に対峙し、言葉を紡いでいた。こうやって、インタビューを振り返るだけでも、「もう一度観てみたい」と思う作品が次々に思い浮かぶが、同時にあらためて、彼があまりにも真摯に作品と向き合っていたことに、胸が締め付けられる。

 

彼がこの世を去ったことは、とても哀しくて寂しいことだ。「なぜ?」という疑問符を抱えながら、心に開いた穴が塞がらない人もいるだろう。でも、彼が死を選んだ理由など、いくら詮索したところで誰にもわからない。本人すら、その理由をわかっていないんじゃないかと思う(佐藤浩市さんも「一番悔やんでいるのはお前自身のはず」とコメントしていた)。

ただ、彼の死をきっかけに、本来なら次々に消費されていくはずの映像作品が、過去のものではなく、現代につながるメッセージとして蘇っている。彼が命を断ったことで、息を吹き返した作品があるのだ。『僕のいた時間』などは特にそうだ。6年前はあまり認知されていなかった難病が、自身がそうなったらそどうするかと自分事で考えられるように様々な問題を提起してくれている。こんなことを言ったら不謹慎だとお叱りを受けるかもしれないが、上記のインタビューで「僕らにしかできない伝え方がある」という春馬さんの言葉を借りるとすれば、常に全ての作品に全力を尽くした彼にとっては、死すらも、彼の生きてきた証を伝えるためのメッセージだったのではないか。

三浦春馬さんは、おそらく“生き切った”のだ。ならば、残された我々は、彼の遺した作品、彼が全身全霊で愛した作品、命がけで演じた作品をこれからも愛し続ければいい。それによって、「もっといろんな役を演じるあなたを観たかった」と嘆く心を鎮め、「お疲れ様、ありがとう。あとはゆっくり休んで」と言ってあげたいなと思うのだ。

2016年4月、ハリウッドで開幕したミュージカル『Kinky Boots』オープニングセレモニーでの三浦さん。三浦さんのアーティスとしての力が余すところなく発揮されたこの舞台は、ブロードウェイの人たちからも認められた Photo by Phillip Faraone/Getty Image