2020.11.10
# サッカー

イニエスタとついに激突!三浦知良が「キング」と呼ばれ続けている理由

サッカー界の冬の時代に突如として現れ
池田 鉄平 プロフィール

三浦知良は、なぜキングと呼ばれ続けているのか

筆者のようにカズの全盛期から現在までをリアルタイムで見ていた世代には“キング”と呼ばれる理由がよくわかる。だが、若い世代から、「カズ選手がキングといわれているのは、何故ですか?」と聴かれることも増えてきている。Jリーグ開幕が1993年で27年前の話ともなれば、その理由も分からなくもない。ここであらためて、三浦知良が日本サッカー界のキングたる所以を記していく。

今でこそ、サッカーも日本のメジャースポーツになったが、Jリーグ開幕元年の93年以前は、殆どの国民がサッカーを見たことない時代だった。世界を見渡せばサッカーは、一番人気のスポーツとして君臨しているが、日本では野球だけが国民的メジャースポーツの位置づけだった。そんなサッカー界の冬の時代に突如として現れ、メジャースポーツへと押し上げたのが三浦知良だった。

まだサッカー日本代表がワールドカップに出場することが、夢のまた夢だった時代にカズは15歳の単身でブラジルに渡った。サッカー王国でプロになるという「99%無理」と言われての挑戦だった。当初は、「日本人はサッカーが下手」という印象ばかりが先を行き、屈辱も味わったが、そんな逆境をも覆して18歳の時にサッカーの王様ペレも在籍したサントスFCと契約した。

様々な困難に直面しながら現地で約7年半プレーを続け、サッカー王国も認めるトップレベルの選手に成長した。そして、日本のプロサッカーリーグが立ち上がる起爆剤として23歳で日本に帰国。Jリーグが開幕後は、一気に国民的スターへと駆け上がり、初代MVPを獲得し、お茶の間にサッカーを届けることに成功した。授賞式では、真っ赤なタキシード姿で壇上に上がり、エンターテインメントとしてサッカー界を盛り上げた。その後も、世界最高峰のリーグセリアA(イタリア)に挑戦しアジア人として初のセリエAゴールを成し遂げるなど、後に続く海外挑戦への道しるべとなった。

photo by gettyimages(1992年撮影)
 

愛称「キングカズ」の「キング」の由来は、1993年のワールドカップ(W杯)米国大会アジア最終予選(ドーハ)の北朝鮮戦で2得点と活躍した際に現地紙の英国人記者が、名付けたものだ。「キング」と呼ばれたブラジルの英雄・ペレも所属していたサントスFCでカズもプレーしていたことに関連付けて「KING KAZU」と報じたのがきっかけだった。

カズのイタリア挑戦から26年、今では日本代表メンバーの殆どが海外所属のメンバー構成となった。そんな海外挑戦のパイオニアが今も現役にこだわり、後輩サッカー選手の鏡となり、サッカー文化を日本に根付かせ、道なき道を走り続けている姿こそが“キングカズ”と言われている証なのかもしれない。

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