世界は物理法則が支配している
すっかり暗くなった午後5時半すぎ。近所の土手にのぼると、ちょうど頭上を明るい光が通り過ぎていくところだった。滑るように空を横切っていく光は、数日前から日本人宇宙飛行士の野口聡一さんが滞在中の国際宇宙ステーション(ISS)だ。
2020年11月21日17時36分に、富士から流星カメラで捉えた国際宇宙ステーション(ISS)の様子です。こと座のたくさんの星々の中をゆっくりと動いていきました。反対に動く光はレンズのゴーストです。pic.twitter.com/GT2apqqNcX
— 藤井大地 (@dfuji1) November 21, 2020
東の空にすっと消えたISSを見送り、南の空を見ると三日月が輝いている。その少し西寄りに木星と土星がなかよく並ぶ。東の空で赤く光るのは火星だ。
月も惑星も夜空を動いている。ISSとくらべれば見かけの動きはずっとゆっくりだが、一日たつと位置が変わっているのがわかる。そうした惑星の動きを「運動の法則」と「万有引力の法則」で数学的に説明したのが、ニュートンの著書『プリンキピア』だ。

星の世界も、人間が住む地上世界と同じ物理法則が支配していることを初めて明らかにした歴史的な書物である。
正式名称は『自然哲学の数学的原理』(Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica)。この「原理」(Principia)の部分をとって、「プリンキピア」(または「プリンシピア」)と呼ばれている。
1687年の刊行以来、世界各地の図書館や大学、個人が所蔵するプリンキピアの初版本だが、10年以上かけた調査で新たに約200冊の所在が明らかになった※1。この秋、米カリフォルニア工科大学のファインゴールド教授と、ドイツのマンハイム大学のスヴォレンツィーク氏が科学技術史分野の学術誌「Annales of Science」で発表した成果だ※2。

プリンキピアの初版本が全部で何部印刷されたのかは不明だ。70年近く前の1953年に実施された所在調査では189部が見つかり、発行部数は約250部と推定されていた。
稀少本としてコレクターの間での人気も高い。2016年にはニューヨークのクリスティーズでオークションにかけられ、370万米ドル(約3.8億円)で落札された※3。印刷された科学書としては史上最高額だという。
今回のファインゴールド教授らの調査では、これまで所在が不明だったものを含めて、前回調査の2倍以上となる合計386部の所在を確認。新たに確認された約200部のうち、35部が中欧諸国で見つかった。前回1953年の調査結果には、スロヴァキアやチェコ、ポーランド、ハンガリーといった国の初版本は1部も含まれていなかった。
自身もスロヴァキア出身のスヴォレンツィーク氏は、「これは当然です」という。「前回の調査がおこなわれたのは(冷戦による)鉄のカーテンが下りた後だったので、初版本の追跡がとても難しかったのです」
これまでは、プリンキピアは難解なため、ごく限られた数学者しか読むことができず、初版の発行部数も少なかったと考えられてきた。しかしファインゴールド教授らは、初版はこれまでの推定より多い、600部から750部は発行されたと推定している。
一方、ロンドンで稀少本を販売するピーター・ハリントン古書店のアダム・ダグラス氏はタイムズ紙に、今回の発見でプリンキピア初版本の市場価値が下がることはないと語っている※4。
「すぐれた科学書を収集している人なら、『プリンキピア』を持っているべきですから」