2020.11.29
# オバマ # 翻訳

日本メディアの「オバマ回顧録」の翻訳、その訳文がはらむ「危険性」を考える

政治的衝突の火種になりかねない
鴻巣 友季子 プロフィール

原文はこのようになる。

A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office—a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. He’d be gone seven months later.

a symptomは「徴候」「症状」「現れ」といった意味だが、「3年間に何人も首相が交替するような政治状況」こそが、それまでの十年間の失政を如実に物語っているではないか、と言っているのだ*1。それを、鳩山氏こそがこの失政の「象徴」と訳すのは、翻訳政治学的に言うとだいぶ危険なことだ。

 

「原文の裏の意図」をどう伝えるかが問題

I…I…want to kill…

仮に、小説中にこのように書かれているとする。書かれていない目的語がyouだとわかりきっていても、翻訳者が勝手に「おまえを、こ、ころしたいんだ……」などと補うのはNGだ。フィクションならまだ実害はないが、今回のような政治的文書を翻訳するときには細心の注意を払いたい。

翻訳というのは、「たんなる語句の置き換えではなく、原文の深い意図を訳出することである」と、一般に思われているようだ。原文を深く読むのは良いことで、言外の含みを感じとることも大事だ。とはいえ、もしそれが「言外」のニュアンスなのであれば、訳文でも「言外」に留めるのが翻訳の基本。独自の拡大解釈をもとに、原作者が言語化していないことまで訳文に盛り込むのは、翻訳倫理にもとる。

翻訳者の仕事は原文の裏の意図を暴くことではなく、「どのように書かれているか」も含め、原作者の文章の意味、意図、ニュアンスをそのまま伝えることなのだ。今回の記事も訳文とは別に、「オバマ氏はこのように書いているが、本音は……だったのではないか」と、解説コメントとして添えるなら、翻訳の問題としてとやかくいうことではない。

関連記事