2020年12月6日未明、宇宙科学の2大テーマの解明をミッションに掲げた日本の探査機「はやぶさ2」がついに小惑星リュウグウのかけらを持ち帰った。
直径約10mの人工クレーター作成、着陸精度60cmの驚異のタッチダウンなど、立て続けに7つの「世界初」を達成するなど順風満帆だったように見えるミッションだが、その舞台裏は苦難の連続だった。はやぶさ2がたどり着いたリュウグウは、岩石だらけの小惑星で、はやぶさ2が安全に着陸できる場所がまったくなかった。
一時は着陸が危ぶまれるほど追い込まれた「チームはやぶさ2」だったが、30代でプロジェクトマネージャに抜擢された若きリーダー・津田雄一氏の陣頭指揮のもと、次々に解決策を見出し、逆境を乗り越えた。その快挙の裏には、周到に用意された驚くべき「成功の方程式」が存在した。6年におよぶ密着取材をしてきたNHKリュウグウ着陸取材班の記者たちだけが知る、手に汗握る着陸ミッションの舞台裏とは…。
リュウグウには着陸場所が無かった!?
リュウグウは、はやぶさ初号機が着陸したイトカワよりはるかに手強い「怪物」だった。リュウグウは岩の集合体で、地表面が険峻な岩塊で覆われていた。これは、当初の予想をはるかに超えていた。

はやぶさ2は、機体や左右に伸びた太陽電池パドルが岩にぶつかって故障することを防ぐため、大きな岩がない平坦な場所に着陸することを前提にシステムを構築してきた。このため100m四方の平坦な場所を探してきた。
初号機が着陸した小惑星イトカワも、岩だらけだったが、100m四方の平坦な場所はあり、そこに着陸を試みた。チームは少なくとも1ヵ所くらいはそういう場所が見つかると踏んでいたのだ。
しかし、リュウグウは違った。確認ができた平坦な場所は直径20mしかなかった。
たとえていうなら甲子園球場のどこかに着陸すればよいと思っていたのが、ピッチャーマウンドの中に機体を確実に着陸させなければならない。そんな難しさだ。

チームはやぶさ2は、新たにピンポイントタッチダウンという着陸方法を開発することでこの逆境を乗り越えた。このあたりは『密着取材・地球帰還までの2195日 ドキュメント「はやぶさ2」の大冒険』に詳しく書いたが、こうした柔軟な対応ができた背景には、「チームはやぶさ2」が日頃から徹底的といえるほどの周到な準備をしてきたことがあげられる。
"神様"が次々に繰り出す難題を解決する「鬼ゲー」
その象徴的なものが「訓練」だ。初号機のときよりも100倍は訓練をしたとメンバーは話す。
一例を見てみよう。その徹底ぶりがよくわかる。はやぶさ2のチームは、コンピュータを使ったリアルな訓練を何度も繰り返していた。事前にあらゆるトラブルを想定し、それを経験する訓練だ。
実際に運用する管制室を使って、コンピュータが本物のはやぶさ2の動きを再現する。モニターに映し出される画像も地上から電波で送るコマンド(指令)もすべて本番と一緒。初号機でもこうした訓練用のシミュレータはあったが、はやぶさ2では、実際の動きをより忠実に再現するものを作った。
訓練は2017年1月から随時実施していった。参加したのは、JAXAのメンバーだけではなく、NECや観測機器を担当する研究者など本番で関わるすべての人たちだった。
訓練は2組に分かれて行う。一方は「神様」と呼ばれる出題者。シミュレータのある別の部屋にいる。そして訓練を受ける側は、管制室で本番さながらのはやぶさ2の運用を行う。ここでさまざまなトラブルを神様が起こす。それを管制室のメンバーは解決して、着陸を成功させなければならない。

神様は、プロジェクトマネージャの津田雄一をはじめ総勢6人。その権力は絶大だ。なんでも起こせる。当然、管制室のメンバーはなにが起きるかはわからない。数百通りのトラブルを組み合わせて、訓練ごとにまったく違う状況を設定する。1回の訓練は30時間におよぶこともあった。これを2年間にわたり、およそ70回も繰り返してきた。
神様役の1人、武井悠人に取材をした。武井は軌道計算などが専門だ。武井は、過酷な状況をあえて作り出すことにこだわった。神様が起こす不具合は、多岐にわたっている。たとえば、高度計が異常な値を時々出す。加えて、スラスタの推力がふだんよりも低くなり1回の噴射では思い通りの移動ができなくなる。さらに姿勢を制御するリアクションホイールにも故障が起きる。放射線による影響で装置にエラーが表示されることもある。
まだまだある。訓練中、使っている端末に、いきなり神様が紙をかぶせて使えなくする。突然端末が故障するトラブルを想定したものだ。また、神様はときどき悪天候で通信ができなくなる事態を作り出す。
さらには、担当者が、トイレに行ったまま帰ってこないというトラブルも発生させる。これも神様が担当者にトラブルの内容を書いたレッドカードを渡すと部屋に戻れないのだ。メンバーは人数が欠けた状態ではやぶさ2を操作しなければならない。実際に運用中にメンバーが体調を崩したり、急病でいなくなったりすることが考えられるからだ。
これらのトラブルは、ひとつずつ起こるわけではない。6人の神様は意地悪で、複数のトラブルを同時に起こし、チームをてんてこ舞いさせた。
48回中、「大成功」はわずかに9回
さらに、こうした訓練の結果を、神様たちは「見える化」する。コンピュータがある部屋の壁に貼り出されたダイアリーがそれだ。訓練日にそれぞれ、「大成功」「もうちょっと」「撃墜」のいずれかのシールが示されている。

訓練結果はどうだったのか、取材で聞いて驚いた。