2020.12.09
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神田伯山の魅力は「現代と向き合っている」ことに尽きる…一体なぜか?

いま伝統芸能が驚くほどアツい
山本 ぽてと プロフィール

――伯山さんが落語ではなく、講談を選んだのは興味深いですよね。彼が二ツ目にあがる前年には日本で唯一の講談専用の寄席だった本牧亭がなくなるなど、講談には厳しい状況が続いていました。

まず第一に魅力的な師匠(神田松鯉)がいたということだと思いますが、同時に、講談を選んだセンスですよね。まず講談という芸に魅了された。その上で、落語や浪曲ほかいろいろな芸能も視野に入っていたと思うんですけど、けっして安泰ではない、それどころか絶滅危惧職という見方まであった講談を盛り上げる、というシミュレーションが、彼の中でいちばん「アガった」んだと思います。

いわゆる「ブルーオーシャン」ともいえる。落語家が1000人近くいて、講談師が100人に満たないときに、どちらに入門するのか。ビジネスでも同じですよね。プレイヤーの数が多く、かつ人気も実力も兼ね備えた人たちがゴロゴロいるジャンルに参入よりも、自分の手でシーンチェンジができるかもしれないジャンルに賭けてみる。

ただ、実際にこれが可能だったのは、神田伯山という人が、演芸界に入る前に、厳しい目を持った客でもあったからだと思います。講談だけではなく、落語、浪曲、歌舞伎や能狂言、古い日本映画、とにかくたくさん見ている。そうやって目を肥やしていく中で、「こういう芸人がいるべきだ」という自分の中の理想像ができて、それを行動原理にしているんだと思います。

(写真:長浜耕樹)
 

現代と向き合うということ

――神田伯山さんの魅力はどこだと思いますか。

現代と向き合っている。これに尽きると思います。伝統芸能って、まずは「教わったとおりにやれ」という世界ですから、まずは先人たちの芸に近づくための研鑽でいいんです。ただ、現代と向きあうことを忘れたら、そのジャンル自体の存続が危うくなってしまう。

彼は演芸の原体験に立川談志という人がいます。談志が1965年に上梓した『現代落語論』のスローガンは、「伝統を現代に」。当時の落語は伝統性を大事にするあまり、玄人にしか響かない趣味的なものになりつつあった。そのことに危機を感じた談志は、現代人の心に響くリアリティやドラマトゥルギーを落語に注入しました。

伯山さんについて言えば、例えばいまの若い人たちにとっては視覚が重要ですから、高座でのアクションや形の美しさ、照明の演出などにも工夫をこらし、繊細な注意を払っている。「映画的」という感想もよく聞きます。ただ一方で、講談は語りの芸ですから、昔かたぎの講談ファンには、そうした工夫を邪道だという人もいるんです。

でも、伯山さんだって講談はこうあるべきだと言っているわけではない。もし自分の高座をきっかけに講談に興味を持ったなら、自分の師匠も含め、すごい講談師がいるから、そちらをぜひ聴いてほしい、と常にガイダンスしている。

なにより伯山さん自身、もともと講談のシブさにこそ惚れた人のはずなんです(笑)。だから、ここからが本当に面白いと思います。現代の観客と格闘しながら、神田伯山の芸がどのように成熟していくのか。

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