一人の狂気が集団を狂わせる
その後、半年ほど、Dさんからの連絡は絶えていた。しばらくぶりに外来を訪れたDさんは、以前会った時に比べてかなりやせてしまっていた。「その後、どうですか?」と改めて様子を聞いてみた。Dさんはしばらく黙ったままうつむいていたが、やがて意を決したようにポツリポツリと話し始めた。
彼女の話では、あの時から管理会社の担当者が二人も替わったという。最初の担当者は、とても生真面目なタイプの人で、Dさんのこうむった被害について心配してくれた。しかし、一部の住民はそれが面白くなかったようだ。
「おまえも保険会社とグルになって、保険金を吊り上げたんだろう?」と見当違いな非難を担当者に浴びせた。毎日のように電話やメールで責め立てられた担当者はすっかり体調を崩し、とうとう会社に出てこられなくなってしまったのである。
代わりに派遣されてきた担当者は、理性的なタイプの人だった。管理組合の総会でも、双方の意見をよく聞いたうえで彼なりの判断をきちんと語ってくれた。今回の被害額の査定は、保険会社の専門家によってなされており、これまでの数々の経験から見て妥当な額であること。Dさんへの支払いが滞っていたとしたら、今後はそのようなことがないようにしなければならないこと。彼の発言はしごくまっとうなものだと、Dさんも彼女の夫も考えた。その通りだと大きくうなずいた。でも、他の住人はそう思わなかったようだ。
「今度の担当者は自分勝手な人間だ。管理組合の意向を無視して、ある住人だけをえこひいきしている。こんな人間を派遣してくる管理会社とは、今後契約を結ばないことにしたい」
そのような話し合いが組合の役員会で行われた。それは管理会社に通告され、驚いた会社側は住民の要求に折れる形で、組合に逆らうことのない担当者を新たに任命したのだった。
その後、近所の奥さんたちの噂話を人伝てに聞かされたDさんは絶句した。
「ねえ聞いた? 今度担当を外された管理会社の人、実はDさんと関係を持ってたんですって!」
「え、やっぱりそうなの? Dさんの味方ばかりするから、何か変だと思っていたのよ」