夫婦同姓の苦しみ Case03:女性研究者が活躍できない】

夫婦が同姓を名乗ること――。これが婚姻の条件である国は世界中に日本以外、どこにもない。日本では旧姓を使い仕事をする女性が多いが、海外では旧姓の通称使用はどのように捉えられているのか。現在、大学の教授として文学とジェンダーを研究する菊地利奈さんに、彼女がオーストラリアに住んでいたときの話を聞いた。

姓の変更は「研究者生命の死」を意味する

菊地さんは21年前に、同じく大学教員で研究者のパートナー、木村さん(仮名)と結婚をし、小学生の子供が1人いる。実は1999年に結婚を決めた当初、2人とも法律婚を念頭に入れていなかった。なぜなら、アカデミアの研究者にとって論文を違う姓で発表することは、これまで取得した学位や積み上げて来た研究業績を「別人として」発表するようなものだからだ。事実、菊地さんの周囲の既婚研究者のなかでは、結婚後に配偶者の姓で論文を発表する人は皆無に等しい。

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配偶者の姓ではなく自分の姓を仕事で使用したいという女性は、研究職に限らずあらゆる業界にいる。2018年には弁護士から最高裁判事に就任した宮崎裕子氏が最高裁判事として、史上初めて旧姓を名乗ることを表明した。そして日本経済新聞が2020年3月に2000人の働く女性(未婚が1004人、既婚が786人、離死別が210人)を対象に行った調査では、全体の74.1%が選択的夫婦別姓に賛成しており、未婚女性1004人のうち、生まれ持った姓の使用を仕事上で希望する女性は65.1%だった(※1)

働く女性の中で、仕事上での改姓の不利益を避けたいと考えている人はマジョリティなのだ。

永住権VISAが申請できない…

改姓を避けるため、事実婚を選択した菊地さん夫婦。幸いなことに、2人の家族もアカデミアの世界を熟知していたから、特に反対されなかったそうだ。だが、2人が法律婚をしなければならない事態が起こる。

それは事実婚から10年経った2009年、日本の大学で働きながら出産を控えていた菊地さんが、当時オーストラリアの大学で勤務していた夫の元で産休・育休を取り、その間に現地の大学で研究しようと計画したときのこと。オーストラリアでは事実婚だと永住権VISAが申請できないということがわかり、仕方なく夫の「木村」姓(仮名)で婚姻届を提出することになったのだ。

永住権ビザとそれに紐づくパスポート、オーストラリア国内の国民健康保険で夫の姓「木村」を使用することになった菊地さん。しかし、国内外の学位や研究業績は「菊地」姓で統一していたため、上記以外のもの、例えば運転免許証、銀行口座名や家の契約書などは旧姓を使用し続けたという。