日本は紛れもなく“化粧品大国”。欧米の大手化粧品ブランドが競うように“日本向け製品”を開発するほど、巨大かつ重要なマーケットを持っています。ましてや国内にある化粧品メーカーの数は数千社とも言われ、日本ほど「国産化粧品」を多く持つ国も他にありません。

そんな市場を牽引してきたブランド、群を抜く研究開発力を持つメーカー、自らマーケットを拡大してきた流通まで、「日本のビューティ」を世界に誇れるものにしてきた JAXURYの主役たちをここにレポートし、その功績を讃えます。

そもそも『JAXURY』とは?
FRaUが発信する、世界に誇れる日本の美しさ「JAXURY」を徹底解説!
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日本の美の担い手として、極めて重要な人物が二人いる。一人は日本が誇る植物療法の第一人者にして様々なナチュラルコスメブランドのプロデュースを手がける森田敦子さん。もう一人はトップネイリストにしてトータルビューティーカンパニーuka代表、渡邉季穂さん……。
どちらも未知なる扉を開けたパイオニアと言えるが、美の進化はこんなふうに“確固たる志を持つ人の情熱”に頼るところが大きいこと、改めて思い知らされる。
森田敦子さんは“悩める人を救う”ためにフィトテラピーを最善の形で私たちに提供してくれるし、渡邉季穂さんは「うれしいことが、世界でいちばん多いお店」をコンセプトとして新しいビューティーの形を提唱する。共通しているのは、“人間の喜怒哀楽”に本気で寄り添って人々を幸せにすること、そこに人生をかけているということだろう。この2人の女性が手がけるブランドこそ、日本のラグジュアリーの未来を切り開くものと言い切れる。

“植物療法”日本。その創始者の発明が「ワフィト」

今トレンドのデリケートゾーンケアをも
日本でゼロから切り開いた人

森田敦子さんが植物療法=フィトテラピーと出会うのは、航空会社の客室乗務員をしていた二十代の頃。アレルギー性気管支喘息を発病したのがきっかけだった。治療の一方で、防腐剤はもちろん卵や乳製品などの禁止食事療法を徹底しても、仕事のストレスで症状がぶりかえし、やがてはアトピー性皮膚炎も併発。副作用の強い薬で抑えるしかなかったと言う。
こうした治療に限界を感じ、日本では全くなじみがなかったフィトテラピーやアロマセラピーを習得するために航空会社を退職してフランスに留学、パリ第13大学で学ぶこととなる。

ヨーロッパの漢方医学とも言えるフィトテラピーは、植物の薬理効果により自然治癒力を高める療法。驚くべきは森田さんがこれをただそのまま日本に持ち帰るのではなく、4年間の留学をもって、日本でも無理なく取り込める独自のフィトテラピーを確立していたこと。
さらには帰国後すぐに商品化したのが介護施設向けのものだったこと。柿のポリフェノールによる抗菌消臭剤「ハーバルアクア」や、植物成分による床ずれやむくみ予防のクリームといった画期的なアイテム開発は間もなく、優れたバイオベンチャー企業を表彰する「日本バイオベンチャー大賞」の部門賞受賞に至る。植物バイオテクノロジーを駆使し、介護に貢献したことが評価されたのだ。きっかけは、自身の祖父母が介護を必要とする生活に入ったことだった。
森田さんは常に具体的な問題解決のために妥協なく研究に取り組み、確実にそれをクリアしていくという信念の人なのである。その情熱に様々な機関や大学が協力体制を組み、より高度な研究開発を手がけられたことが、いかに大きな意味を持ったか、それはもう計り知れない。
やがて自身がプロデュースしたルボアでは研究開発のみならず、ルボア フィトテラピースクールという植物療法士を育てる日本初の学校を設立し、多くの後進を育て、医療現場等へ送り込んでいる。その後も精力的に斬新なアイテムを次々開発するが、特筆すべきは、日本では全くタブー視されていた女性のデリケートゾーンのケア製品を開発し、その啓蒙にのり出したことだった。

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海外では常識のビデすら、日本で使用するのはあくまでも少数派。この分野は全くの未開拓だったと言っていい。商品を作っても販売に際しては「そんな恥ずかしいこと」と流通は軒並み躊躇し、大変な苦労を強いられた。でも見てほしい。今やデリケートゾーンケアは1つのカテゴリーへと成長し、その発展形としてのフェムテック(フィメールとテクノロジーの造語)、つまり女性特有の悩みや、女性の健康にまつまる問題を解決するテクノロジーは、一大ブームとなって女性誌やウェブをにぎわせている。日本で最初に提唱し、一から切り開いてきたのは、まさにこの人なのだ。