2021.02.10

故・佐木隆三の描いた『身分帳』から辿る、旭川刑務所を出所した元殺人犯の衝突と挫折

『すばらしき世界』原案の復刊に寄せて

2月11日に公開される映画『すばらしき世界』は、佐木隆三の小説『身分帳』をもとに、13年の刑期を終えて出所した元殺人犯・三上正夫(役所広司)が、社会でもがきながら懸命に生きる様を描いた問題作だ。この度、原案となった小説『身分帳』が復刊するにあたって、監督を務めた西川美和が作品への思いを綴った――。

『すばらしき世界』(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
 

初めて佐木作品に触れて

『身分帳』のことは知らなかった。

その題名も知らなければ、言葉の意味も知らない。佐木隆三さんの作品の中に、そういうものがあると知ったのは、新聞紙面に訃報が載った時だった。

「佐木さんというと『復讐するは我にあり』が有名ですし、代表作とされていますが、私としては伊藤整文学賞を受けた『身分帳』が彼の真骨頂だと思っています。犯罪者を見つめる目が温かい。犯罪を犯した人を人間として理解しようとするスタンスが彼の犯罪小説を文学たらしめたと思います」(二〇一五年十一月二日/読売新聞)と、生前佐木さんと親しかった作家の古川薫さんが寄稿されていた。

『復讐するは我にあり』といえば、その映画版(一九七九)も日本の代表的な犯罪映画である。今村昌平監督がメガホンを取り、実在の連続殺人犯・西口彰をモデルにした主人公を四十代の緒形拳が演じた。行き当たりばったりで罪のない人を殺し、女と交わり、笑い、また殺し、それでも追っ手に焦りを募らせながら旅を続ける描写には善も悪もなく、ひたすらに生々しく、不可解だ。私は学生時代に後追いで観た類(たぐ)いだが、何が解決されるでもなく、希望があるわけでもないのに、泣きたくなるほど人間を見たような気になるのはなぜだったのか。『復讐するは我にあり』みたいな映画を作りたいという夢を持って、私も映画の世界に入ってきたようなものだ。

原作がまた良いんだよ、と先輩に教わって、当時絶版だった小説を古書で読み、初めて佐木作品に触れた。調べた事実の他に虚飾はないように見えながら、冷徹でなく、人間の業も狂気も情も性も丹念に描き分ける佐木さんの筆力は魅力だった。ファンになって、犯罪者を描いたノンフィクション・ノベルや裁判傍聴記をいくつも読んだ。強い口調で社会を告発するというよりも、起きてしまったとてつもない事実を、素材ごとごろんと手渡されるような、棒立ちになるしかない感覚が癖になった。

佐木隆三 写真:講談社写真資料室

古川薫さんの「真骨頂」の言葉に誘われて『身分帳』を調べると、初版は一九九〇年で、これも紙の書籍は絶版状態だった。ネットで取り寄せた文庫本の日焼けしたページをめくってみれば、地味なタイトルの印象は裏切られることもなく、過去に殺人を犯した男が刑務所から出てきたその後の日常が軸になっていた。つまり主題は「大きな物語のその後」。永山則夫や福田和子やオウムのように世間を騒がせた凶悪犯罪の成り立ちや狂気を紐解くでもなく、いわゆるミステリーの「フーダニット(誰がやったか)」や「ホワイダニット(なぜやったか)」の緊張もなく、代わりに描かれるのはひたすら瑣末(さまつ)で、面倒で、時に馬鹿げてさえ見える「生きていくための手続き」である。

主人公は十三年間の獄中生活を経て旭川刑務所を出所し、人生の再スタートを切ろうと東京暮らしを始めるが、切符を買うにも電車に乗るにも、浜に戻った浦島太郎のごとくぎこちなく、窓口の係の口ぶりひとつにも、過去を咎められた気になって過敏に触れてしまう。普通の人にしてみれば「凡々たる日常」であるものが、裏社会と塀の中でしか生きてこなかった主人公には衝突と挫折の連続で全く凡々と進まないのだ。

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