昨年3月にJリーグ常勤理事に就任した佐伯夕利子さん(47)は、2003年にスペインで日本のS級ライセンスに相当する「NIVEL III」を取得。3部リーグの監督に就任した際はスペイン国内で大きな話題になった。その後アトレティコ・マドリードやバレンシアCFでキャリアを積むなど、欧州に根を張る日本人サッカー指導者のパイオニアのひとりだ。
12年間ユースコーチ等を務めたビジャレアルCFで、自らが経験した指導改革をまとめた『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(小学館新書)をこのほど上梓。発売前から各ネット書店で売り切れが続出するなど注目されている。

一方、佐伯さんと2005年頃から交流のある池上正さん(64)は、Jリーグのジェフユナイテッド市原・千葉、京都サンガF.C.で育成部長等を歴任。8万部のベストセラー『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』(小学館)など多くの書籍で、子どもに考えさせる指導のあり方を伝えてきた。
育成畑を歩いてきた2人が共通して目指すのは、誰ひとり置き去りにしない、よりよい人材を育てるスポーツ界と教育界だ。そのために大人は何をすればいいのかを語り合ってもらった。

 

「教えすぎる」指導

――昨年、世界的な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」に日本のスポーツ指導における暴力やハラスメントの現状を報告されるなど、スポーツ現場の指導のまずさは日本にとって長年の課題です。サッカーも小中高の育成年代で、指示命令や教えすぎの弊害でプレーに創造性が欠けるといった声は依然少なくありません。

池上 私は、日本の「教え過ぎる指導」を変えようと努めてきましたが、2つのJクラブではそれが完全にはできなかった。少しずつ広がり始めていますが、まだ道半ばです。どう考えてゆけばよいのか、佐伯さんの本に、そのヒントがあると感じました。『教えないスキル』はタイトル通り、大人が教えないからこそ子どもが伸びる。そのための方法が書かれていました。

佐伯 ありがとうございます。(指導環境を)変えなきゃねと思っていても、思っているだけでは何も変わらない。私も日本の状況はずっと頭の片隅にありました。そこで私が思ったのは、本気で変えようと考える人の絶対数を増やすことです。経営学のお話だったと記憶していますが、ひとつの集団の中で変化させようとする人の割合が3割に到達すると物事は変わると聞きました。であれば、私は3割に増やす作業をしようと。池上さんが昔から言い続けてくださったおかげで3割に近づいている。近い将来、日本のスポーツ現場は変われると思っています。

池上 だといいですね。ただ、今はまだスポーツが文化になっていない気がします。例えば日本の少年サッカーでは、高学年になると多くの男子が相手のユニフォームを引っ張っています。

「ずる賢い」の意味をどうとらえるか

佐伯 そうなんですね。スペインではそういう場面はあまり見ないですね。恐らくですが、日本ではユニフォームを引っ張ることがずる賢さ、いわゆる「マリーシア」だと思われている。解釈が間違っているのではないでしょうか。

池上 ブラジルのサッカーシーンでよく使われるマリーシアは、ポルトガル語で「ずる賢さ」の意味です。ユニフォームを引っ張ることを、サッカーの駆け引きだと勘違いしているということですね。その背景には勝利を優先してしまう実態もあるのでしょうけれど。

闘志を出すことがファウルとなるプレーを堂々としろ、ということでは決してない Photo by Getty Images
 

佐伯 世界的にデジタル化が進んで、今はいろんな情報が簡単に手に入りますよね。そうすると、大人たちがつまみ食いをします。例えば、どこかの外国のコーチが「日本人はずる賢さが足りない」と言えば、わーっと広まります。また最近よく聞くのは「日本人はアグレッシブさが足りない」という言葉です。コーチにそう言われて勘違いしている高校生を、彼らがスペイン遠征に来ているときにたくさん見ました。

池上 どんな感じでしたか?

佐伯 いちゃもん吹っ掛けてくる感じでしょうか(笑)。きっと彼らはコーチからさんざん「アグレッシブに!」と言われている。でも、アグレッシブにプレーするというのはどういうことなのか。現象を正しく理解させるコーチングをせずに言葉を伝えていたのだと思います。言葉はアクションを生む。そしてアクションはパフォーマンスを生む。パフォーマンスは習慣になる。悪い習慣が根付いてしまうと非常に危険だと、メソッド(作りを推進する)グループの人たちからくぎを刺されました。