2021.02.16
# 学校・教育

「共学じゃないと異性への距離感が分からなくなる」はホント? 男女別学の「長所」と「短所」

令和の中学受験 保護者のための参考書(7)
矢野 耕平 プロフィール

「男らしさ」「女らしさ」からの解放

共学校では自然と男女の役割が分担されるといいます。たとえば、文化祭の出し物を発案するのは男子、それをとりまとめて書面化するのは女子、出し物の準備で力仕事に精を出すのは男子、飾り付けをおこなうのは女子。当日、受付に座っているのは女子であるのに対し、出し物の案内を買って出るのは男子……こんな具合です。別にこのような役割分担を闇雲に論難するつもりはありません。

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ただ、これまで生きてきた中で無意識のうちに植え付けられた「男らしさ」「女らしさ」が自らの行動の足枷(あしかせ)になることもあります

一例を挙げましょう。

「昆虫マニア」の男の子がいます。彼は幼少期から昆虫採集を続け、小学生ながら専門書にも目を通すほど熱中していました。中学受験をしたのは、応用昆虫学を国立大学で学んで、それに関連する職に就きたいと夢を見ていたからです。そのため国立大学の理系分野に多くの合格者を輩出する私立中高一貫校に入りたいと望んだのです。

彼は無事に第一志望校に入りました。この学校は共学校でした。

中学生の最初のころは、クラスメイトの男の子たちと昆虫話に花を咲かせていました。ところが、あるとき、虫が苦手な女子生徒たちからの冷たい視線に彼は気づくことになります。その中には彼が密かに思い焦がれていた女の子がいたのです。

彼が昆虫の話を周囲にすることはなくなりました。これは学校内に限った話ではありません。彼の自宅の書棚に陳列されていた昆虫図鑑はいつの間にか埃を被っていました……。

これはわたしの創作ですが、塾の卒業生たちに話を聞くと、同じような事例がよく登場します。

もし、この少年が男子校に進学していたら、話は違ったかもしれません。

男の子同士は各自の「マニアっぷり」を恥ずかしがるどころか、むしろ誇らしげに披瀝(ひれき)する傾向にあります

獨協(どっきょう)に通学している高校生はこう証言します。

「ウチの学校は体育会系と文化系の部活動のヒエラルキーみたいなものは一切ありません。生物オタクなんて堂々とその話を周りに語っていますよ」

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