ドンパチやるだけが、戦争じゃない!「ハイブリッド戦争」とは何か

ロシアの外交・軍事戦略の全貌に迫る
「ハイブリッド戦争」という言葉をご存知だろうか。2014年のクリミア併合など、世界の深刻な安全保障の脅威になっているロシアの外交・軍事戦略を理解するうえでとても重要な鍵となる概念だ。そんなハイブリッド戦争にフォーカスを当て、その現状や脅威を浮き彫りにしつつ、ロシアの現在の外交政策の全体像に迫った最新刊『ハイブリット戦争 ロシアの新しい国家戦略』より、「プロローグ」を一部公開する。

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「冷戦」の再来

ここからは本書の背景を簡単に説明したい。

1991年12月のソヴィエト連邦解体により、第二次世界大戦後の世界秩序であった冷戦が終結した。しかし、冷戦終結後も、「冷戦的」な雰囲気は続き、冷戦時代に生まれた北大西洋条約機構(NATO)は、NATOに対峙してきたソ連率いるワルシャワ条約機構が廃止された後も、ロシアを事実上の仮想敵国として存続し、拡大しつづけてきた(冷戦終結後の「冷戦的」な状況については、拙著『ロシア 苦悩する大国、多極化する世界』<アスキー新書、2011年>を参照されたい)。

また、ロシアは中国やイランと並んで世界の秩序を脅かす存在とされ、特に2014年のウクライナ危機以降は、欧米諸国がロシアに対して制裁措置を取るなどし、ロシアの脅威は国際的によりいっそう強く認識されるようになった。

ウクライナの首都・キエフにある独立広場の様子, 2014年2月(Photo by gettyimages)

制裁などでロシアが国際的に孤立を深めると、ロシアは中国との関係を強化するようになる。だが、ロシアと中国の関係は単純ではなく、「離婚なき便宜的結婚」と言うべきものである。米国の一極的支配に対抗し、「多極的世界」をめざすなど、国際戦略では一致しているものの、地域における覇権をめぐっては対抗関係にあり、また、両国間に信頼関係は存在しない。

米露中それぞれの動き

それでも、中露が両国のメガプロジェクト、すなわち中国の「一帯一路」構想とロシアの「ユーラシア連合」構想ないし「ユーラシア経済同盟」構想の連携は地域に大きな影響を与え、両国の軍事協力などは国際平和に不気味な影を落としてきた(近年の中露関係の展開については、拙著『ロシアと中国 反米の戦略』<ちくま新書、2018年>を参照されたい)。

そのようななかで、2019年8月には、冷戦終結プロセスを象徴してきたINF(中距離核戦力)全廃条約が米国の離脱宣言を契機に失効し、米露双方がINFの開発を再度めざすようになった。

そして、現存する唯一の核軍縮条約である新戦略兵器削減条約(新START)も21年2月5日に有効期限を迎えようとしていたなか、ドナルド・トランプ前米大統領は延長を拒否していたため、歯止めなき軍拡が懸念されていた。

しかし、新たに就任したジョー・バイデン米大統領が21年1月21日に新START延長を提案し、1月26日に両首相が初の電話会談で原則合意したことは朗報といえるだろう。他方、中国の核武装もきわめて懸念される状況であるが、中国は軍縮をめざす交渉のテーブルにつく用意はない。

本来であれば米露中が、核軍縮に向けて一致した動きを取ることが望ましいが、それは現状では考えづらく、核なき世界の実現は遠のくばかりである。かくして、冷戦的な雰囲気はますます高まり、冷戦期のような歯止めなき軍拡競争の時代が再来しつつあるように思われる。