「集会のあとは優しい母になった」

――『おかあさんといっしょがつらかった』には、母親が新興宗教に入信していたことも描かれています。「集会のあとは優しい母になった」とのことですが、そうした一種の「救い」を見て、彩野さんがその教えに傾倒しかけたことはなかったのでしょうか。

集会に連れていかれたのは小さい頃だったので、本当に何もわからず、何も感じなかったというのが正直なところです。また、母が宗教の教えにものすごく感動し、人前でも憚らず、思い切り泣きじゃくるのですよね。その姿に私は驚いていたので、ずっと客観的でいて、没入することがなかったんだと思います。

新興宗教のDVDを観た後は別人のように優しくなった 『おかあさんといっしょがつらかった』より

――彩野さんには兄弟(兄と弟)がいらっしゃいます。ご兄弟と母親についてどのような会話をされていましたか。

もう、毎日のように相談していました。母のことは、兄弟でしか話せない、共通かつ、最大の問題点だったので。

「あの母親は、精神面でも金銭的な面でも、ずっと俺たちの足を引っ張っていくんだろうな」「あの母親がいる限り、安寧はないんだよね」など、他人には決して分かち合えない悩みを吐き出し合っていました。

特に兄は、長男なので、家をどうにかしなくちゃいけない使命感や責任を抱いているようでした。「母親は一人では生きていけない人だろうから、誰か良い人でも見つけて出て行ってほしいな」「このまま寄生虫のように暮らし、もし生活保護が必要になるなら俺が手続きをするよ」などと、将来のことも考えていましたね。

また、同居していた祖父母は本当に私たちの親代わりでした。食事や着替えなど生活に必要なことはもちろん、時に厳しくも、きちんとした愛情をくれる存在だったんです。

ただ、祖父母にとっての母は、かけがえのない一人の娘だということも理解していました。住んでいる家にも思い入れがあったようですし、最後までその娘と家を見捨てたくないという思いもあって、それは痛いほど私たち孫にも伝わっていました。でも、絶対に家を残したいと強要することもなかったし、孫たちの幸せを願ってくれていたことも感じます。

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それゆえ私たち兄弟も、家の処遇はどうすべきか、どうすれば祖父母の思いに最大限で応えられるかと、ものすごく悩みました。親よりも、簡単には見捨てられない存在でした。