浮かび上がった消防注水の「抜け道」
武黒からの海水注入中止の指示。政府の原子力災害対策本部の最高責任者である総理の意向と聞いては、表向きは了解しないわけにはいかない。
ここで吉田は、とっさに一芝居打った。消防注水を担当していた部下の防災班長を傍らに呼び、小声で「中止命令はするけれども、絶対に中止してはダメだ」という指示をした後、本店には“海水注入を中断する”という報告をテレビ会議を通じて行った。
防災班長は吉田の指示に従い、密かに注水を続けた。この一連の1号機への海水注入を巡るやりとりが、吉田が官邸や東電本店の意向に逆らい海水注入を継続、結果として1号機の事態の悪化を食い止めた、と英雄視されている場面である。
現場の指揮官としての吉田の判断は極めて的確で、誰からも称えられてしかるべきであろう。しかし、原子力学会でIRIDが発表した最新の解析では、実際にこのとき行った注水のうち原子炉に届いていた量は“ほぼゼロ”だったという。
吉田の“英断”は1号機の冷却にほとんど寄与していなかった。

福島第一原発事故対応の“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け道があり、十分に届いていなかった。その可能性を最初に社会に示したのは、取材班だった。
取材班は独自に入手した3号機の配管計装線図(P&ID)という図面をもとに専門家や原発メーカーOBと徹底的に分析した。すると、消防車から原子炉につながる1本のルートに注水の抜け道が浮かび上がった。
その先には、満水だった復水器があった。