「推し」につかうお金は「人生の必要経費」
「推し」を題材にした『推し、燃ゆ』の中に主人公が推しに対する気持ちを表した、こんな文章があります。
「世間には、友達とか恋人とか知り合いとか家族とか関係性がたくさんあって、それらは互いに作用しながら日々微細に動いていく。常に平等で相互な関係を目指している人たちは、そのバランスが崩れた一方的な関係性を不健康だと言う。脈ないのに想い続けても無駄だよとかどうしてあんな友達の面倒見てるのとか。見返りを求めているわけではないのに、勝手にみじめだと言われるとうんざりする。あたしは推しの存在を愛でること自体が幸せなわけで、それはそれで成立するんだからとやかく言わないでほしい。お互いがお互いを思う関係性を推しと結びたいわけじゃない。
(中略)
相手と話して距離が近づくこともない、あたしが何かをすることで関係性が壊れることもない、一定のへだたりがある所で、誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。」
『推し、燃ゆ』宇佐見りん(河出書房新社)より
現代は、収入が少なく望むような暮らしができなかったり、今の楽しみを犠牲にして将来のためのお金を貯めたほうがいいと言われたり、頑張ってもどうしようもない、今の状況で満足した方がいいと、誰しもが常に何かしらをあきらめざるを得ない状況を強いられています。
社会問題として様々な経済的課題から現役世代の晩婚化や未婚率の増加などもよく話題にあがりますが、さらに今はコロナ禍という状況で、気軽に友達や誰かに会ったり、外へ出かけることもできず、一人孤独に過ごす時間が増えた人が多いはず。そんな中で、コンサートや舞台のオンライン配信など、オンラインで「推し」を摂取できる機会が増えたタイミングでもありました。
そういった背景からも、心の充足となるよりどころが恋愛やパートナー、家族といった自分の身近な特定の誰かではなく、一方的な関係性で成り立つ「推し」である人が、今の社会において増えているのではないでしょうか。ただ存在を愛でるだけで幸せになれる「推し」という存在は、心の穴を埋めてくれる必要不可欠な存在になりつつあるのかもしれません。
そんな中で、さきほどからお話ししてきたような「推し」への出費は、きっと従来通りの価値観でいえば、一般的な貯金の本などでも、“無駄遣い”とされるようなものであったことでしょう。
しかし、決して多くない普段のお給料の中でも「推し」への出費が占める割合も多いけど、働くこと自体が「推し」に使うお金のためだと思うと仕事も頑張れたり、つらいことがあっても「推し」の存在を想うだけでやる気が出るという人も少なくはないはず。それくらい「推し」というのは、「推し」がいる人にとって生活や人生の一部になっているのです。
(余談ですが、筆者も元AKB48の小嶋陽菜さんをアイドル時代から推していて、彼女が現在プロデュースしているブランド「Her lip to」ばかり着ていたり、ほかにもソーシャルゲームの「ツイステッドワンダーランド」のヘビーユーザーでもあるので、「推し」にお金を使う気持はよくわかります)
誰かでは埋められない心の穴を埋めてくれる「推し」の存在と、それに関する出費は、今の時代「人生の必要経費」といってもおかしくはないでしょう。