「ずぶ濡れの女性が立っていました」
2万人2000人近い死者を出した東日本大震災は、私たちが記憶している災害の中でも別格だった。建物という建物が壊れ、社会のインフラがことごとくなぎ倒され、街そのものが消え去ったのである。
合理的で予測可能だったはずの社会が一瞬にして崩壊してしまったのだ。それだけに、時間や空間がねじ曲がったような想像を絶する出来事が起こっても不思議ではなかった。そのひとつが霊的ともいえる不思議な体験である。
震災の年の初盆あたりから、被災地にまるで「あの世」と「この世」の結界が破れたかのように「幽霊」があらわれた。たとえば、こんな幽霊譚である。
「若い女性が病院まで行って欲しいと言うので乗せたんだが、着いたところには土台しか残っておらず、お客さん!と振り返ったら誰も乗っていなかったんだ」とタクシーの運転手。
「橋を渡ろうとしたら同級生に似た女性が欄干に寄り添うように立っていた。名前を呼ぼうとしたが、お母さんと一緒に津波で流されたことを思い出して動けなくなった」という高校生。
某建設業者は「信号が赤から青に変わったんだけど、前の横断歩道を大勢の人が渡るので車を止めたまま待っていたら、後から『何してるんだ!』と怒鳴られた。再び前を見ると誰も歩いていなかった」。

また、ある女性はこんな恐怖体験を語ってくれた。
「夕食を終えた頃でした。ピンポンと鳴ったのでドアを開けると、ずぶ濡れの女性が立っていて『着替えを貸してください!』と言うのです。
かわいそうにと思って、着替えを渡してドアを閉めたのですが、しばらくするとまたピンポンと鳴ります。ドアを開けると、今度は大勢の人が手を差し出して口々に『着替えを!』と叫んでいたのです」