辞任した山田元広報官、霞が関に切り捨てられた「被害者」だと言える理由

「女性初」ともてはやされたが…
藤澤 志穂子 プロフィール

内閣広報官としての力量

山田氏は総務省内で順調に出世し、内閣で言う官房長官に当たる官房長、事務次官と同列の「総務審議官」まで昇進して昨年7月に退官した。ほぼすべての経歴に「女性初」がつく。総務省の女性職員の間で山田氏は「希望の星」であり、事務次官昇格を期待する声が高かったが、実現せず総務省顧問となった。

程なく菅内閣が発足し、内閣広報官に横滑りする。こちらも女性初、副大臣時代から山田氏を知る菅総理直々の抜擢だったのだろう。総務省のある若手女性職員は「事務次官よりある意味で格上、リベンジを果たした」と手放しで喜んだ。

退官した官僚の再就職は意外に難しい。今や天下りに対する国民の目は厳しく、所属した省庁が面倒を見るのも限界があり、自力で探すことが基本となりつつある。

知名度のある事務次官クラスであれば「引く手数多(あまた)」かもしれないが、それ以外は難航するというのが複数の省庁の人事担当者の反応だ。山田氏のように、再就職先を探していたさなかでの内閣広報官就任は、かなりラッキーなケースともいえる。

 

ただ、内閣広報官の仕事は、記者会見の司会を務めるだけではない。報道機関を含めた利害関係の調整先は多岐に渡る。最大の仕事は危機管理であり、いかに難局を乗り切るかの手腕が問われる。

タブーなのは報道機関に圧力をかけること。山田氏の場合、就任数カ月で職務にまだ慣れていなかったと思われ、総理を守ろうとするあまり、報道側から見てバランスを欠く対応はあったのかもしれない。

「大不祥事」を経験しなかった総務省

そして、批判が集中している東北新社やNTTによる総務省の接待問題。霞が関全体の省庁が「奢られ体質」かというと、複数の省庁に取材経験がある筆者からみれば必ずしもそうではない。大規模な不祥事を経験した省庁と、そうでない省庁で大きな違いがある印象だ。 

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