3.11から10年…福島の「情報災害」が未だに払拭されない理由

福島の今を知るための「5つの論点」
林 智裕 プロフィール

「情報災害」としての福島第一原子力発電所事故

最後になりますが、残されたこれらの課題全ての原因に通底しているとさえ言える根本的な課題を挙げます。

それは、今触れた恣意的な報道の問題も含めた「『情報災害としての東電原発事故』に対する記録・検証・対策・改善等が全く為されていないこと」です。

「情報災害」とは、災害に伴い必ず発生する社会不安とそれが引き起こす深刻な二次災害であり、古来から「人心の乱れ」と呼ばれてきたものです。現代では、マスコミによる報道被害やSNSで拡がっているデマや偏見・差別などもこれに含まれると言えるでしょう。複合災害と呼ばれる東日本大震災では、地震、津波、原発事故だけでなくこの「情報災害」による被害も極めて深刻でした。

事故前からしばしば存在自体が政治的な意味を持たされた「原子力」の事故は、当然のように、極めて政治的な問題と化しました。一般人をも大きく巻き込んだ情報戦が繰り広げられた中で、故意に福島への偏見や恐怖を煽ろうとする言説、中には突拍子もない流言飛語を見聞きした方も少なくないのではないでしょうか。

そうして広まり放置されたデマと偏見が今もなお、さまざまな政策実現と復興にとって最大の障害になっています。

この状況は「情報が足りない」という以上に、「虚偽や粗悪な情報の過多」に一因があり、冒頭に述べたような「情報災害」というべき側面と言えるでしょう。これこそが、今もなお「安全であっても安心できない」、あるいは「福島のことは判りにくい」との声が多い大きな要因です。

しかしながら事故から10年が経った今、そうした言説や被害状況の実態に対する公的な記録が極めて少ないことにお気づきでしょうか。

たとえば、関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とのデマによって多くの人が冤罪をでっち上げられ、私刑により犠牲となりました。

これは義務教育の教科書にも記録されており多くの人が知るところになっていますが、一方で同じ「大震災」と呼ばれた東日本大震災と、それに伴う原発事故で、どういうデマや暴言、暴力が飛び交ったのか、その記録が何故あまりにも少ないのか。10年経っても被害の検証どころか、「なかったこと」にされているのは何故なのか。

これは、本来、それらを記録・検証し、告発する役割を担っていたはずの「リベラル」系言論人や研究者などのアカデミズム、メディア、政治政党関係者の少なくない人たちが、政治問題化された原発事故に対し過度に「政治的なふるまい」で臨んだ結果として、無自覚の加害者となってきた事実も無関係ではないでしょう。

原発事故後に多用されたカタカナ表記の「フクシマ」(山梨学院大学法学部政治行政学科・小菅信子教授の『放射能とナショナリズム』(彩流社)をご参照ください)が象徴的であったと言えます。

彼らは原発事故の被害や被災者像を、反原発、あるいは反権力という彼らの「正義」に沿う形になるよう定義・理解しようとしました。その結果、彼らは「放射線被曝によるセンセーショナルな原発事故被害」ばかりを執拗に追い求めてしまったのです。

すでにお話した通り、たとえ被曝そのものが原因でなくとも、原発事故の被害は甚大でした。反原発を主張したり、政府の政策を批判するためだけならば、本来はそれらを論拠とすれば充分であったはずです。

しかし、「何が問題でどのような被害であるか、誰が被害者であるのか、真実は自分たちこそが知っている(決められる)」と信じて疑わなくなってしまった彼らには、それができなかった。

結果、普段から「弱者の味方」「人権」「反差別」などを訴えていたはずの人々とその支持者らが、彼らにとって政治的利用価値が無い、あるいは不都合な事実や被災者の声と存在を無視ないし弾圧し、一方では「フクシマ」に都合の良い数々のデマや差別、暴言、暴力の類といった人権侵害の拡大と温存に加担する状況が生まれてしまったのです。

 

もちろん、そうした「過度に政治的なふるまい」の同調圧力に応じず抵抗した誠実な関係者も少なからずいたものの、そうした言動は異端審問のごとく「御用学者」などのレッテルをはられ弾圧されたのです。(御用学者Wikiという吊し上げリストも実際に作成されていました⇒https://togetter.com/li/726225

まさに関東大震災で冤罪をでっち上げられて私刑が行われていたのと同様の状況が、東日本大震災と原発事故でも起こっていたと言えます。

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