3.11から10年…福島の「情報災害」が未だに払拭されない理由

福島の今を知るための「5つの論点」
林 智裕 プロフィール

こうした構図は昨年、9年目の3月11日を目前にして記した『「福島の放射能は遺伝する」という誤解が9年経っても消えない現実』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70534)にまとめた他、個別の具体例として、

『正しい情報は邪魔? 8年経っても「福島の風評払拭」が難しい背景』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60287
『「福島の11歳少女、100ミリシーベルト被曝」報道は正しかったか』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59878
『重要選挙でまたしても出てきた「福島に住んではいけない」というウソ』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153
『大炎上したテレビ朝日「ビキニ事件とフクシマ」番組を冷静に検証する』https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52558

などにも記してきましたが、こうした加害の実情と責任は、公的にはほぼ全て「なかったこと」にされ続けており、情報災害の解決どころか被害が被害として認識される目途すら全く立っていないのです。

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実は、そうした状況の放置こそが、社会において、原発事故問題以外にもさまざまな悪影響を及ぼしています。

たとえば、これまでに社会で多くのリソースを割かれ「問題」とされては次々に使い捨てられてきた様々なテーマ、豊洲市場移転問題然り、HPV(子宮頸がん)ワクチン報道についても然り(不当な不安煽動報道が原因で、ワクチン接種率が日本だけで激減し多くの犠牲が発生していると、海外の論文でも明記されています。https://academic.oup.com/cid/article/63/12/1634/2282815)、「差別」に関わる問題然り、もちろん、現在のコロナ禍における数々のテーマとも無関係ではありません。

あらゆる社会問題に対し、「何が問題なのか」「悪」と「正義」あるいは「弱者」と「強者」とを誰が決めようとしてきたのか、どういう「流れ」が創られ、結局は何が残されたのか。

一部の人たちにとっての「正義」は客観性、あるいは科学的事実に対しどこまで誠実であったのか。冤罪や私刑は無かったのか。そうした「過度に政治的ふるまい」によって代償を押し付けられてきたのは一体誰か──。

数々の問題における「情報災害」の側面に改めて注目して、深く観察・検証し直して頂ければ、原発事故後の福島で何が起こったのか、そして残された課題についても、より理解しやすくなるのではないでしょうか。

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以上、原発事故からの10年と「福島の今」についてまとめてみました。

これらについてより詳しくは、2/28に出版されたばかりの『東電福島原発事故 自己調査報告書』(細野豪志・著 開沼博・編/徳間書店)にて明らかにされています。

原発事故当時に政府関係者として対応した細野豪志元環境大臣が、当時の関係者一人ひとりを自ら訪ね歩き、対話を通じて原発事故からの10年を検証・調査しました。福島県出身で原発事故問題にも極めて造詣の深い社会学者の開沼博氏が編者として担当し、編者解題としてこの記録が持つ意味についても詳しく解説しています。

貴重な歴史資料としての価値のみならず、社会が現在進行形で対峙する多くの課題にも共通する、東電原発事故からの貴重な教訓が記された一冊です。ぜひ、お手に取って頂ければ幸いです。

 

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