もしデビューできてなかったら……

辻村 確か『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(2009年9月刊)の頃に、昔から私の小説を読んでくれていた高校時代の友達に、「あなたはデビューしてなかったらこういうお話を書いてなかったと思う」と言われたんです。さっき武田さんが自分のことをすごく運のいい作家だっておっしゃっていましたが、私も自分がすごく運のいい作家だなって思ってるんですよ。もしその運がなくて、今もデビューできてなかったとしたら、今も学園ものを書き続けていると思うんです。

武田 あっ……。

辻村 違う題材を探したりせずに、ずーっと『冷たい校舎の時は止まる』を直したり、『冷たい校舎〜』みたいなものを書いていたと思うんです。デビューができて、『冷たい校舎〜』を世に出して読者さんから感想をもらったり、いろいろな編集さんとの出会いの中で、新しい題材だとかそれまで出会ったことがないタイプの人に対する興味が生まれたりしてきた。その結果として、今こういう作品が書けている。

2004年、『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー

武田 ……今、ものすごく腑に落ちました。私ももしまだデビューしていなかったら、今でも吹奏楽小説を書いているかもしれない。満足したものを書けたから「次に行こう!」と思っているんだなって、自分の思考回路に初めて気づきました。

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「愛情を人質にする」虐待、「親が好き」という呪い

辻村 最新作(『愛されなくても別に』)では、三人の大学生の女の子たちが出てきて、それぞれみんな抱えているしんどさが違う。その根本には、家族の存在があって。虐待にも等しい、親が子供から思考力を奪ってしまうことってだいたいが、愛情を人質にしておこなわれるんですよね。子供は「親を信じたい」とか、「愛してくれているんだから、我慢しなきゃ」とか追い込まれていく。その雰囲気が、三組の家庭全部に表れている。

武田 「親が好き」って思い込んでいる子は、「親と一緒じゃないとダメなんじゃないか」って、自分で自分に呪いをかけていると思うんです。でも、ある程度の年齢になれば子供って、親がいなくても、親に愛されなくても別に生きていける。親に対する思い込みを持っている人が、それを解き放てるような作品になればいいなと思いました。あと、大学の時に、親の経済力って子供の人生をものすごく左右するなと痛感したんですよね。例えば、毎日アルバイトをしている子もいれば、何もしない子もいる。そういう現実も書いておきたいな、と。

辻村 主人公は大学の学費も自分で払っているし、同居しているお母さんにお金を月八万円渡している。お母さんは普通に会社で働いているし、生活が苦しいわけではないにもかかわらず。しかも毎日、奴隷のように家事をさせられている。でも、やっぱり母の愛を信じたいし、うちは親子の縁が切れる一線を越えない程度にはまともなんだって、主人公がこの期に及んで思ってしまっている感じ、ものすごくリアルでした。

武田 日付としては2019年の話なので、今の若い子たちの価値観に近いところはどこかな、と探りながら書いていく感覚がありました。その過程で一つ思ったのは、お母さんに悪気はないんだけど、お母さんと引き離した方がいい子は存在している。依存し合っている親子が、可視化されるようになった気がするんです。めちゃくちゃ仲はいいんですよ。むしろ互いを同一人物のように見ているくらいで、自分と他人の人格の線引きができていない。SNSの影響はすごく大きいんだと思います。親子がラインで密接に繋がっているし、ツイッターやインスタを見れば相手が何をやっているかも分かってしまう。親子関係の根底の部分は変わらないと思うんですけど、親と縁を切るのが難しい時代になっている。

武田綾乃氏 撮影/森清