私たちを国ぐるみの「精神的自傷行為」から救うには

それでも日本人は前に進んでいる

あれから10年——福島原発事故で目覚めた私たちの「主権者」意識と権力者のせめぎあい」より続く。

あたかもあの日に何も起こらなかったかのように

こうした一連の流れを見てみるならば、「東京2020」が際限なくトラブルに見舞われ世界に恥をさらしていることに、何の驚きも起こらない。この行事を行なうことの罪は、本来東北復興に投じられるべきであった人的・金銭的資源を奪ったという実体的な次元にとどまらない。

それは、2011年3月11日に起こったことが何ほどでもないと演出すること、もっと言えば、あたかもあの日に何も起こらなかったかのような現実感覚を日本人に与える、否、押しつけるという優れてイデオロギー的な次元にこそあった。

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結局のところ、そうした形而上の次元での罪深さは、形而下の世界にその対応物を得ることとなる。開催経費の暴騰、オリンピック委員の買収、新国立競技場をめぐる混乱、エンブレム盗作疑惑問題等々の発生は、まさにそれだった。

  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大