政治家も恐れる『週刊文春』、元社員が徹底取材で書いた「裏社史」

柳澤健氏インタビュー(前編)
平田 裕介 プロフィール

元社員として取材するということ

――柳澤さんが文藝春秋の元社員だからこそ、取材がやりやすかったし、書きやすかったところは大きかったと思います。だけど、同じくらいやりにくかった部分もあったのではないかとも思うんです。

やりやすかった部分は、一緒に仕事をしていた人が多いから、向こうも私がどんな人間かをわかっている点です。文藝春秋に偏見を持っていないし、恨んでも憎んでもいないことを理解している。だから、話をしやすいわけですよ。あと、もうひとつ大きいのは私が文春から『1976年のアントニオ猪木』や『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を出していること。やっぱり執筆者に邪険にはできないでしょ(笑)。

私は鈍感なので、やりにくい部分は、そんなには感じなかった。取材者としての経験も積んでいるので対象者の話したくないことは察することができますからね。文春社内でも、「明日会いましょう」と言っていたのにドタキャンされて、そのまま音信不通になったり、「取材を受けるのを1日だけ考えさせてくれ」と言われて結局断れたり、ということはありましたけどね。連載時に、ある人の発言を載せたら別の人から「あの発言は許せないから訂正しろ」と言われたな。当然だけど、「それは無理」と断りました。

 

――それは横槍と捉えてしまってもいいですか。

いやいや、そんな仰々しいものじゃない。その発言は事実とは異なるから、違う人物にも取材をしたうえで訂正してくれという程度。でも、書くべきことは書かないと。新谷くんと花田さんを主人公もしくは狂言回しにして、『週刊文春』60年、「文藝春秋」100年の歴史を紐解いていくのに、会社の失敗もトラブルも内紛も触れないわけにはいかない。糾弾するためではなく、彼らが関わってきたことを正確かつ愛情込めて書いたつもり。「親しき仲にもスキャンダル」って名言だけど、それをやるのは心情的になかなかしんどいんですよ。

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