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世界を「単純化して」見せる
なぜ僕はドナルド.J.トランプを「マンガの王」と呼んだのか。
それは、そもそも彼はコミックブックのヒーロー・ストーリーのように、世界を「単純化して」見せることを得意としていたからだ。プロレスのように、善玉と悪玉が最初から決まっていて、振り付けどおりに「ストーリーらしきもの」をつむいでいく様に、大衆が熱狂するメカニズムを熟知していた、からだ。

ここらへんのメカニズム、つまり「プロレスとマンガ」の構造を、いかにしてトランプが「内なるもの」として取り込んでいったのか、といった過程については、以前に以下の記事に書いた。
トランプは、最初から「あのようなトランプ」だったわけじゃない。自らをコミックブックのキャラクターのように、プロレスの(もちろん)悪役のように仕立て上げていって、たんなる有名人からTV番組の人気ホストになり、大統領にまでなったのだ。だから「コミックブックの方法論」で彼に戦いを挑んでも、まず勝てはしない。
つまり、マンガや(マンガの)映画のなかでいかに彼を批判しようが、現実のトランプという存在そのもののほうが、「よりマンガ」なのだから、勝負になるわけがない。『ワンダーウーマン 1984』の残念な結果は、まさにこの構造によって、マンガよりもマンガ的な存在に「跳ね飛ばされてしまった」せいだったと言えよう。
映像をパクった「サノス事件」
さらに、トランプは「アメコミ映画にも詳しい」。記憶に新しいところでは、2019年12月に勃発した「サノス事件」がある。同年4月、マーベル・コミックスの映画シリーズである「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の大作として『アベンジャーズ/エンドゲーム』が公開された。
映画興行史上歴代1位のすさまじいヒットとなった同作において、超強力なヴィランとして君臨していた「宇宙規模の『破壊の王』」であるタイタン人サノスと、スーパーヒーロー(とその仲間たち)の一大決戦が描かれた……のだが、なんと、現役の米大統領であったはずのトランプが、同作の映像をパクって使用した、という大事件がこれだ。
※以下、『エンドゲーム』のネタバレがあります。未見のかたはご注意を。
より正確に言うと「トランプ戦略司令室(Trump War Room)」というチームのツイッター・アカウントが、それをやった。20年の選挙戦のためのキャンペーン動画という位置付けで、『エンドゲーム』の映像のなかからサノスの姿を持ってきて、その顔の部分をトランプに差し替え、投稿したのだ。しかも最後の大決戦シーンの、サノス一世一代の決めゼリフ「I am inevitable」のところで、これをやった。
ここのセリフ、日本では「私は絶対なのだ」と訳されることが多いようだ。
「inevitable」とは「不可避の」とか「必然的な運命」といった意味の言葉だ。だから直訳すると「私を避けることはできない」となる。つまりこの映画では「絶対的な」敵として、ヒーロー軍団の前に立ちはだかる巨悪らしい名セリフ――だったのだが、それをトランプは、再選用の宣伝にちょうどいいと思った、のだろう。トランプの再選は「不可避なのだ」といったようなニュアンスだったのだろう。
しかし、本当に醜悪なのはここからで、映像内のトランプ・サノスは「指パッチン」をやる(※これについての詳細は後述)。すると、トランプの1回目の弾劾を進めていたナンシー・ペロシ下院議長を含む民主党の重鎮たちが「塵のように」消えていく……というものだ。
いくらなんでも「現職の」大統領サイドがやる宣伝行為ではない。正気ではない。