奥深くまで浸透した体液が示すもの
塩田さんが、物件の状況をチェックしていく。
「これだと、下の建材まで体液がいっていますね。今のフローリングってとても良い素材でできているものが多いんです。だからなかなか、下まで水を通さないようにできている。でも、そんな素材ですら体液が通ったので、相当な体液量だったと思います。この季節は匂いもしないから。逆に深刻化するんですよ」
奥深くまで浸透した体液は、すなわち、それは、長期間に渡って遺体が発見されなかったということの証でもある。長期間遺体が放置されれば、一旦体液自体は乾いて表面上の臭いは和らぐが、時を経て建材の奥深くまで、じわじわと浸透してしまう。そして、処理が甘いと再び夏場などに、建材から匂いがぶり返す。表面上は壁紙やリフォームしても、「どこからか、あれ、変なにおいがする」という事態に陥るのだ。
だから塩田さんは、建材の奥深くに浸透した体液を見定め、どの層まで体液がいっているのかその都度確認し、消毒したり、建材の一部を切り落としたり、そこを再び修復したりする。徹底的に匂いを排除しなければならない。当然ながらここまでやらない業者もいる。しかし、後から入る住民のためにも、塩田さんはプロとして、着々と作業を進めていく。

しかし、毎回、心を痛めている。自分たちが活躍する世の中でないほうがいいと感じているからだ。
「確実にわかってるのは、孤独です。本人が孤独にむしばまれていたということ。僕の手掛ける現場では、それを感じることがとても多いんです。この方は、かなりの不摂生ですよね。食事は全部コンビニで、鍋もないし、冷蔵庫もないし、洗濯機もない。ほら、ゴキブリの糞もすごいでしょ。こんな過酷な環境の中で、人との接点もなく、男性は徐々に身を持ち崩して亡くなったんだと思う。カーテンもずっと閉めっぱなし。完全に人との関係を遮断していたんだと思います」
塩田さんはこんなごみの中からも、遺品を探そうとしていた。社会から孤立していたとはいえ、彼にも親族がいるはずだ。しかし、いくら探しても思い出の品やアルバム、書類や手紙の類はなく、外部の人との接触を感じさせるものは全く出てこなかった。近隣住民の態度もそっけないもので、さっさと作業を終わらせてくれと、迷惑そうな顔をしている。
エアコンはかなりの期間、壊れていて、使えなかった。夏の過酷な暑さも、冬の凍えるような寒さも、このカーテンに閉ざされた部屋で、男性は一人過酷な環境に耐えていたのだろうか。ボロボロの布団にくるまれて――。
そう思うと、居たたまれない気持ちになる。そこからは、明らかに誰にも助けを求められずに、ただ命をつなぐだけで精一杯だったという男性の過酷な生活が垣間見える。
男性の死後、塩田さんらの仕事ぶりによって、部屋はまるでなにもなかったかのように蘇った。いつもながら丁寧な仕事ぶりに感心する一方で、私の胸は、複雑な思いがよぎり、ざわざわする。