失敗やみっともなさを許す力をつける

メンタル無菌室からの脱出 ヤマザキマリ

今、立ちどまって考えること

2020年、アメリカの大統領選挙の結果に満足がいかなかったトランプ支持者たちにとっては、議事堂で大暴れするのも自分たちの信念を守るための、真っ当な正当行為だったはずです。しかし、あの騒動から垣間見えてくるのは、思想に縛られた想像力の麻痺と、孤独、そして思考力の怠惰です。

自分とは意見の分かち合えない人がいたり、自分が正しいと思う行為に背く人がいたら、それを頭ごなしに否定するのではなく、その理由やそういった齟齬を生んだ背景をわかろうとする試みと努力は必要不可欠だと思うのですが、考えることに怠惰な人々は情動に身を委ね、群衆という一体感に安堵し、陶酔してしまう。人類の歴史とともにあり、途絶える気配もない戦争は、まさにそうした人間の想像力の欠落と思考力の怠惰のあらわれなのではないかと思うのです。

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自分と分かち合えない意見や思想とぶつかったら、まずはそれを興味深い、考えてみるに値する現象として受け入れてみればいいのです。

私が昆虫好きな理由は、意思の疎通もできなければ大気圏内の生き物という以外に何も共有するものがない、こうした多様な生物を生み出した地球そのものへの好奇心を楽しめるからです。

アメリカ・インディアンのズニ族にとって虹は5色、アフリカのジンバブエやザンビアに暮らすショナ人は3色と解釈しています。そんな彼らに対し虹は7色なのだ、なぜそれがわからないのだと強制するのではなく、世界には5色や3色、または12色に見える人たちもいるのだということを、地球上における興味深い実態として受け入れればいいのです。

現在のようなコロナ禍の危機的状況を乗り越えるのに必要なのは、外部からの情報に翻弄されず、冷静に自分の頭でものごとを考えることと、自分と同じ考えを持たない人との相互理解への積極性でしょう。知性を怠惰なまま放置しないでください。どうしても周りに自分の考えを納得させないと気がすまないというのであれば、そこで怨嗟やストレスを増長させるかわりに、何かそれとはまったく関係のない別のことを考えたり意識を向けるようにしてみるべきだと思います。

私がおすすめするのは、どこか広く視野が開けた、なるべくなら人間の巣である都市部よりも自然の多い場所まで出向いて、地球とそこに生きる自分のつながりをシンプルに感じることです。空に向かって思い切り深呼吸をするなど、大気圏内で生きる生物である自分を感じてみると、かなり気楽になるかと思うのです。​地球という惑星が自分の究極の住処であるという感覚をものにすれば、限定的な範囲の中で発生している些末な揉めごとや悩みも、なかなか自分の思いどおりにならない人生や他者の生き方についても、それほど大騒ぎをしたりするほどのことでもない、と感じることができるはずです。

自分が病気にならないために、病気を持っていそうな人を排除しながら生きていくのか、それともどんな劣悪な環境にも対応できる強い覚悟を身につけるべきなのか。今はまさにそういうことを考えられる絶好のタイミングなのではないでしょうか。

▼『生贄探し 暴走する脳』は発売中! WEB連載では触れられなかった記事も満載です!
第1章    なぜ人は他人の目が怖いのか 中野信子
第2章    対談 「あなたのため」という正義
第3章    対談 日本人の生贄探し
第4章    対談 生の美意識の力
第5章    想像してみてほしい ヤマザキマリ
  • 『成熟とともに限りある時を生きる』ドミニック・ローホー
  • 『世界で最初に飢えるのは日本』鈴木宣弘
  • 『志望校選びの参考書』矢野耕平
  • 『魚は数をかぞえられるか』バターワース
  • 『神々の復讐』中山茂大