麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの

原田 隆之 プロフィール

エビデンスという用語が広く用いられるようになったのは、1991年にカナダの疫学者ゴードン・ガイヤットが、その論文のなかで「エビデンスに基づく医療」(Evidence-Based Medicine: EBM)という用語を用いてからである。医療現場の意思決定は、それまで科学的な根拠よりも、ともすれば経験、印象、直観、権威などの主観的なものに基づいてなされることが少なくなかった。

たとえば、ある薬を使うかどうかというときに、「過去に何例かの患者に処方して効果があったから」(経験)、「効果がありそうだから」(印象、直観)、「有名な医師が勧めていたから」(権威)などに基づいて、その薬を使うという意思決定をすることが少なくなかったのである。

 

それで思い出すのは、昨年のアビガンをめぐる論争である。テレビによく出てくる専門家は「とにかく早くアビガンを使って」と連呼し、ノーベル賞受賞者までもが治験前であるにもかかわらずアビガンを特例承認することを当時の首相に直談判していた。

たしかに何人かの患者にアビガンが効いたという事例はあったかもしれないが、それは科学的根拠ではなく、臨床経験にすぎず、それを根拠とするのは危険である。なぜなら、その患者に固有の理由(体質や症状の程度など)で効いたのかもしれないし、アビガン服用とは関係なく、もう治癒するところであったのかもしれない。さらに、効果にばかり目が行きがちだが、副作用などの害があるかもしれない。

したがって、このような主観的なものに頼らず、厳密な研究によって得られた科学的データ、すなわちエビデンスに基づいて薬を投与するなどの意思決定をしようというのがEBMである。薬の例であれば、治験の結果がエビデンスということになる。

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