2021.05.12
# 日本 # 本

多くの人が意外と知らない…「スピリチュアリティ」とは何か、古くて新しい“その正体”

岡本 亮輔 プロフィール

聖者の来日

1968年の読売新聞に、インド人の聖者に関する記事が複数掲載されている。まもなく「インド・ヨガの最高指導者」が来日するが、その人物は世界に25万人の会員を持つ国際瞑想協会の設立者で、特に欧米のヒッピーに信者が多い。

彼が拠点とするインド北部のヒマラヤ山麓の街リシケシュには数十の道場が立ち並び、各国の政治指導者たちが集まって独特の瞑想を行っている。「ヒマラヤの大自然の霊気」を取り入れ、「自由な姿勢でからだを安定」させ、「目をとじてマントラ(真言)を心の中で唱えつづけるうちに緊張をとき、雑念を離れ」、それによって喜びと活力が得られるという。来日の目的も瞑想法の普及だ。

記事は、聖者の到着時の様子も伝えている。羽田空港には、異様な姿の20〜30人のヒッピー族やサイケ族の若者が出迎えに集まっていた。この聖者はビートルズの「恩師」でもあるという。聖者の指導を受けてから、ビートルズも「不良化防止に協力するなど、全く生まれ変わった」のである。

 

このインド人が、ニューエイジ文化のキーパーソンの一人、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(1918〜2008)だ。記事の通り、来日の数ヵ月前、ビートルズはマハリシの道場に滞在していた。マハリシが復活させたとされる古代インドの瞑想法は、超越瞑想(トランセンデンタル・メディテーション)と呼ばれる。ビートルズの4人もマハリシのもとで瞑想三昧の生活を送り、アルバム『ザ・ビートルズ』の収録曲の多くは、その時に作られたものである。

また、ビートルズと同じ頃、フルート奏者のポール・ホーン(1930〜2014)もマハリシの道場に滞在していた。ホーンは、元々ジャズ・ミュージシャンだったが、インド滞在の翌1969年、『インサイド』というアルバムをリリースしている。霊廟タージマハルの中で、ヒンドゥー教の聖歌に合わせてフルートを演奏した作品だ。ジャズやポップスと異なり、一般にはなじみにくいタイプの音楽だが、『インサイド』は100万枚以上を売り上げ、ホーンはニューエイジ音楽の第一人者になったのである。

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