2021.05.12
# 本 # 日本

多くの人が意外と知らない…「スピリチュアリティ」とは何か、古くて新しい“その正体”

岡本 亮輔 プロフィール

欧米に発見された東洋の聖者たち

このニューエイジと総称される文化が、スピリチュアル文化の源流である。ニューエイジは、西洋占星術に由来する時代概念とされる。それによれば、1世紀から20世紀までは魚座の時代で、魚はイエス・キリストのシンボルだ。したがって、魚座の時代には、キリスト教を背景とする西洋文明が台頭した。だが二一世紀以降、水瓶座の新時代が到来し、人類は西洋流のキリスト教や近代文明から解放され、より霊的に高い次元にいたるという世界観である。1960年代に勃興したヒッピー文化や対抗文化運動の中から生まれてきた時代感覚と言えよう。

それでは、なぜ欧米人たちはインドの聖者や瞑想に惹かれたのか。ニューエイジ文化の基盤は、欧米で支配的なキリスト教・合理主義・物質主義は限界を迎えているという時代認識だ。そのため、数千年の歴史を持ち、ユニークな神々に彩られたヒンドゥー教が根づくインドは、欧米人にとって底知れない神秘に満ちた異郷であり、西洋近代を相対化するのに絶好の場所として発見されたのだ。

 

マハリシについて言えば、ヒマラヤ山麓という自然崇拝的な道場の立地やマントラを唱え続ける素朴な瞑想法は、信仰中心のキリスト教に不満を持つ欧米人に魅惑的に映ったのである。

したがって、インドの聖者が欧米の支持者を獲得するという事例は他にも見られた。たとえば、バグワン・シュリ・ラジニーシ(1931〜1990)である。インド北部に生まれたラジニーシは、20代で悟りを得たと主張する人物だ。その講話では、ヒンドゥー教を背景としつつも、仏教・キリスト教・西洋哲学も参照され、やはり瞑想の重要性が説かれた。

1981年、ラジニーシは米国に進出する。オレゴン州に広大なコミューンが築かれ、数千人の信奉者が共同生活を送った。だが、グループ幹部による横領や殺人未遂、内部抗争などが原因でカルト教団とみなされ、数年でインドに帰国した。1980年代後半からはオショウ(和尚)と呼ばれるようになり、その死後も、瞑想を中心としたオショウ・グループの活動は続いている。

そして、カルカッタ(現コルカタ)出身のA・C・バクティヴェダンタ・スワミ・プラブパーダ(1896〜1977)が、1966年、ニューヨークで創設したのがクリシュナ意識国際協会である。バクティヴェダンタ・スワミが語ったのは、ヒンドゥー教の神クリシュナを最高神とする世界観だ。クリシュナが心に常住するクリシュナ意識への到達を究極目標とし、菜食主義・瞑想・聖典学習などを信者の務めとして説いた。現在も世界中に500近い支部があり、「ハレー・クリシュナ」で始まる独特のマントラを唱えながら街を歩く信者の姿は、日本でも時折見かけることがある。

これらの聖者たちには共通点がある。彼らは、難解な教義体系を説いたり、複雑な宗教組織を構築したりしない。全ての宗教は根底でつながっているとして、愛・平和・非暴力といった明快で普遍的なメッセージを発信し、瞑想や呼吸法というシンプルな実践を広めたのである。

こうした特徴を踏まえれば、欧米向けの聖者の系譜に連なる近年の人物として、一日に数万人を抱きしめる「ハグする聖者」として知られるマーター・アムリターナンダマイー(1953〜)や、マハリシの弟子で独特の瞑想法・呼吸法を広めるシュリ・シュリ・ラヴィ・シャンカール(1956〜)などが挙げられるだろう。インド以外では、平和活動と瞑想普及を行い、欧米の知識人を中心に支持されるベトナム人禅僧ティク・ナット・ハン(1926〜)が知られている。

興味深いのは、この3人がいずれも、国連や国際会議で講演や瞑想指導を行ったり、国際機関と連携して人道支援や平和活動を展開している点だ。自らのメッセージや運動が特定宗教に偏らない普遍的なものであることを担保するため、国際的な会議や機関が舞台として効果的に用いられているのである。

関連記事