2020年、 65歳以上が国民の約 30 %となった日本では、当然ながら家主にも高齢者が増えてきました。若い家主なら、入居者が滞納したらすぐに督促するでしょう。解決しなければ、誰かに相談することもできるはずです。でも高齢者になると、すぐには行動に移せなくなります。 

83 歳になる家主の山本佐知子さんの相談を受けたときには、賃借人から半年以上家賃が支払われていない状況でした。逆算すると春ごろから、家賃が支払われていません。
「誰に相談すればいいのか分からなくて。それにコロナでしょう?家から出るのも億劫でね」
佐知子さんは管理会社から私のことを聞いたらしく、困っていらっしゃったので私が現地に行きました。

30歳で専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚、シングルマザーとして6年にわたる極貧生活も送っていたという司法書士の太田垣章子さん。登記以外に家主側の訴訟代理人として延べ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた。トラブル解決の際は常に現場へ足を運び、賃借人にも寄り添って解決しており、家主からだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士だ。

そんな太田垣さんが不動産の新型コロナの影響をリアルに伝える本が『不動産大異変 「在宅時代」の住まいと生き方』(ポプラ新書)である。自殺者が過去最大となった日本、多くの人が新型コロナウイルス感染拡大で大打撃を受け、心も痛めている。ではこの時代、どのようにして生きていけばいいのだろうか。本書より、コロナ禍、鬱病を発症して失業してしまった26歳男性の例を抜粋にてお送りする。
 

半年家賃を滞納していた男性とは…

駅からほど近い建物は、築40年以上経っているでしょうか。周囲の新しい建物に取り残されたようにひっそりと建っていました。1階が家主の住居で、外階段から上がって2階に2部屋ある木造アパートです。家主が下に住んでいるとプライバシーが確保しにくく、建物の風貌からすると若い人を集客するには厳しそうだなというのが物件の第一印象でした。

築40年以上と思われる木造アパート。格安物件でも家賃を滞納してしまった理由は…(写真はイメージです)Photo by iStock

ところがこの2階に住む滞納している入居者は、予想に反して26歳の若い男性でした。家賃は6万円の1K。東京23区の駅近となれば、格安物件の部類です。この物件を選ぶということは、地方から出てきて最新の設備までは求めず値段を重視したのかなと想像しました。

家賃収入を生活費としているので、収入が半減すれば年金暮らしの佐知子さんにとっては痛手です。
「私がひとりで1階に住んでいるので、2階に孫みたいな子が住んでくれると安心かと思ってね。まぁ、良い子なのよ。だから余計に督促できなくてね。でもこの建物も、売ろうかと悩んでいるのよ。駅近だから売ってくれとうるさくてね。こんな古い建物だから、壊すのも簡単なんでしょ? 壊して若い子が好みそうなアパート建てたいみたいよ。ずっと住み続けたい気持ちもあるけど、こんなコロナとか出てきたら、もうひとり暮らしも不安だしねえ」

連日の新型コロナウイルスの感染者の報道ばかりを見ていれば、心細くなってくるのも当たり前です。佐知子さんは物件を売って、終の棲家に移ろうかと悩んでいる最中でした。どちらに転ぶにしても、滞納状態の入居者は何とかしなければなりません。

せっかく物件まで来たので、2階に住む入居者を訪問してみました。
カンカンカンと足音が鳴る階段を上がると、奥の部屋が滞納している男の子の部屋です。今どきインターホンもありません。ドアをノックしたら、隣の人が反応しちゃうんじゃないかと心配になりながら、部屋の中からの反応を待ちました。
「はい……」
日曜日の昼下がり、若い男性はこの古い木造アパートにいました。中から出てきたのは、純朴そうな目をしたまだ幼さの残る男性でした。

「家賃のことで大家さんから依頼されて来ました。少しお話しできますか?」
せっかく会えたので、場所を変えようと私たちは駅前のカフェで話をすることにしました。