演劇はコロナで打撃を受けた業界のひとつ
この言葉に従うなら「2.5次元」ほどへだたりのある「推し」はいない。なにしろ次元からして違うのだから。しかし「推し」が儚く遠い存在だからこそ、わたしたちはありったけのエネルギーを注ぎ込んで「推す」。たぶん、みずからの命そのものを燃やしながら、それなのになぜかこのうえなく「生きている」という実感を持ちながら。
『推し、燃ゆ』の主人公は、自分の「推し」行為を「以前姉がこういう静けさで勉強に打ち込んでいた瞬間があったな」とふと思い至る。たしかに舞台が始まる前、ふいに沈黙に包まれる客席は、学生時代の図書館や自習室の静けさと少し似ている。
さて、世界がコロナ禍に呑まれるようになって、もう1年以上経つ。そのなかで、もっとも打撃を受けているもののひとつが演劇だ。数え切れないほどの作品が公演中止を余儀なくされ、演劇はその持ち味であるダイナミックさや、大勢の人を巻き込む力、なまものならでは、同じ空気を吸うからこその感動はいまだかなり制限されている。同じ演目をリピートしたり遠征したりするどころか、劇場にたどり着くことさえできずやむをえずオンラインで配信を観ている人も無数にいる。
しかしこの1年、どこよりも感染対策がしっかりなされていたのもまた劇場だ。たとえば今年1〜3月にかけて、豊洲にある360度回転する舞台・IHIステージアラウンド東京で行われた舞台『刀剣乱舞』天伝 蒼空の兵 -大坂冬の陣- は、入り口での検温、手指にくわえ靴の裏も消毒、会場内では飲食だけでなく客同士の私語禁止も徹底。満員電車や混みあったスーパーなどよりよっぽど安心していられる空間だった――もちろん歓声や笑い声の代わりにこちらの思いは拍手でしか伝えられないし、その空間を成立させるために、俳優をはじめ大勢のスタッフは文字どおり命を削っているのだけれど。(同会場では、続編となる舞台『刀剣乱舞』无伝 夕紅の士 -大坂夏の陣- が公演中。現在は緊急事態宣言を受けて休演中だが、過去公演の配信などが行われている)