「モンテロ」のミュージックビデオも聖書をモチーフにしているため、炎上は続いた。だが、そこに彼の意図がある。「キリスト教では同性愛は罪だから、子どもの頃から地獄に行く、と脅されたけど、それなら自分から地獄に行きまーす」と煽っているのだ。
「聖と性」をテーマにした曲やミュージックビデオは、アメリカのポップ・カルチャーにくり返し出てくる。1989年、黒人男性をキリストに仕立てたマドンナの「ライク・ア・プレイヤー」然り、ポールダンスをしながら地獄に堕ちていく2019年のFKAツィッグス「セロファン」然り。後者と「モンテロ」のミュージックビデオは共通点が多く、「パクリでは?」と議論された。結局、アーティスト両者と監督がSNSを通じて自分の考えを伝え、事態は収まった。
個人的に興味深いのは、「モンテロ」のミュージックビデオが歴史学者から絶賛されているニュースだ。3月30日付『タイム』によると、このミュージックビデオに用いられているギリシャ・ローマ時代から中世までのキリスト教の図象、シンボルが詳細で正確なのだそう。それを引用しながら、3部構成の概要を書こう。
第1幕はエデンの園である。
ベースになるのは、アダムとイブが蛇に唆されて禁断の果実であるに手を出し、楽園を追放される『創世記』。木の下でギターを片手でくつろぐリル・ナズ・Xは、アダムでもイブでもある。そして、蛇の顔も、リル・ナズ・Xだ。
そこまでは注意深く鑑賞すればわかるが、学者のロランド・ベタンコート氏の見立てだと、蛇はアダムの前妻、リリスも重ねられているという。つまり、「アダムとイブが悪魔の誘惑に負けて天国から追放されて人類が始まった」という筋書きを、「アダムもイブも、様々な悪魔も自分自身の内側にある」と伝えているのだ。
また、幹に描かれたギリシャ語は、「ふたつの人間に分けられた後、失われた片方を欲した」と書かれており、プラトンのシンボル理論から取っているのだとか。
そして、そのシンボル理論は、古代アテナイ人の喜劇作家、アリストパネスの作品が元にあり、そこではふたつの人間は必ずしも男女ではなく、男性と男性、女性と女性も設定されているという。
紀元前の世界では、男女の組み合わせ以外も肯定的だった史実を、わずか数秒で示しているのはすごい。