常識がすべて跳ね返される、ロシアのSF映画『キン・ザ・ザ』その深すぎる中身

27年ぶりにアニメ版でリメイク
高木 敦史 プロフィール

キン・ザ・ザはめちゃくちゃ変な世界

キン・ザ・ザの魅力を語るにはどうしても多角的になります。たとえば画面作りには、日本の古い……昭和の特撮ヒーローモノに通ずるザラザラとした手触りが感じられます。

舞台や登場人物、小道具のデザインもなかなかに味があります。見渡す限り砂漠の世界で、みんな北斗の拳みたいなファッションだし、お寺の釣鐘みたいな飛行機に、鼻にぶら下げた鈴、観覧車みたいな家……などなど。

設定もかなりディストピアです。上級民族に支配された完全なる階級社会で、ズボンの色でランク分けされ、逆らったら終身エティフ(棺桶閉じ込めの刑)です。そんなシビアな社会なのに、住んでる人々は皆ユーモラスです。ちょっと外した間に、ヘンテコなポーズ。極めつきは、異星人の駆使する謎の言語「キュー」と「クー」。

惑星プリュケにて「キュー」は公言可能な唯一の罵声語。「クー」はそれ以外の全ての表現です。なんでそれで成立するのかというと、彼らにはテレパシー能力が備わっているからです。ずっとクークー言ってたまにキューと人を指さす異星人たちを前にして、地球人の二人は最初こそ面食らいます。ですが、中盤にはすっかり馴染んで良いタイミングでクーできるようになっていきます。

『不思議惑星キン・ザ・ザ』公式webサイトより引用
 

見ている側も、気づけば違和感なくクーを受け入れていることでしょう。我々にはテレパシーはありませんが、日常的に謎の言語で会話を成立させていることはしょっちゅうですしね。「どうも」「ヤバい」「マジで」とか、流行りのネットスラングとか。互いの背景を共有し、行間を読んで、意味を察する。行間を読む力が高度に発達したとき、それはテレパシーと差のないものとなるのでしょう。

ただし、背景の共有とコミュニケーションの簡易化は必ずしも良い結果を生み出しません。時に極端な差別意識や格差構造をもたらします。たとえばキン・ザ・ザには、極端な分断があります。

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