「ショパンは私のヒーローでした」
私がピアノを習い始めたのは5歳になってからでしたが、最初にショパンの音楽を聴いたのがいつだったのか、自分では覚えていません。
2歳か3歳の頃の話ですが、母親が私を相手にピアノを少し弾いたりレコードをかけたりしながら、「これはバッハかな?」みたいな、クイズ遊びのようなことをよくやっていたんですね。
そのときに、「それはバッハじゃなくてモーツァルト」とか、結構当てていたらしい(笑)。その中にショパンも入っていたそうです。ですから、はっきりとは覚えていませんが、本当に小さいときからショパンとともにいるという感じです。
物心がつくようになってからは、ショパンの音楽にとくに強い親しみを覚えるようになりました。なんといっても美しいところがお気に入りでした。繊細でノーブルで、メロディも覚えやすい。
元気が出るというよりも、メランコリックな、ノスタルジックなところに魅力を感じていました。どちらかというと「ポロネーズ」よりも「ノクターン」。抒情的なもののほうが好きでしたね。
当時はベートーヴェンよりも、もう断然ショパン。もちろん子どもにはむずかしくてなかなか弾けません。その点でもすごく憧れていました。エチュードや、バラードでも何でも、とにかくショパンを弾いてみたい。
まだ弾けないから余計そうなんですが、いつか格好よく弾けるようになりたいと夢見ていました。ショパン独特のピアニスティックな世界への憧れですね。ショパンは子どもの私にとって特別なヒーローでした。
「美しさ」と「強さ」
ショパンに対しては、最初から、「甘い」というイメージはほとんど持っていませんでした。やわらかいイメージはありましたけれども、「甘い」というよりもちょっと「寂しい」感じ。
私自身、友だちと一緒に遊ぶのはたしかに楽しかったのですが、それよりも一人で時間を過ごすほうが好きだったので、ショパンの音楽の中でも、孤独な感じが自分に合っていたというか、そこに魅力を感じていました。
ショパンも孤独な人なんじゃないかなと勝手に想像したりして……。実際にそれは当たっていたわけですが(笑)。ただ、ショパンの孤独感はセンチメンタルなものではないと思います。

ショパンの音楽はよく女性的と言われますが、たしかにそんな面はありますね。ベートーヴェンやリストに比べたらそんなに力強い音が要らないし、女性でも弾きやすい。
私自身も、学生の頃はベートーヴェンやバッハなどのドイツ音楽よりも圧倒的にショパンのほうが好きでした。
でも、ベートーヴェンを自分なりに理解できるようになったら、ショパンの音楽にも非常に強いもの、しっかりした構造性があることが見えるようになりました。もしショパンばかり弾いていたら、分からなかったかもしれません。
そういう意味では男性的とか女性的とかというくくりはあまり意味がない。むしろ女
性、男性を超えている。そこがショパンのむずかしさ。
見た目がやわらかい世界ですが、英雄的で精神性が非常に強い。その精神性が演奏から聞こえてこなかったら、ただ単に「美しい」で終わってしまう。ショパンの「強さ」を作品から引き出すことが大事です。