地方移住、2拠点生活、ワーケーション……リモートが進んだ今、都会を離れた暮らしにも注目が集まっている。内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部事務局」が2020年に東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県在住の20代~50代1万人を対象に行ったアンケート調査でも、約5割の人が地方暮らしに関心があると答えた。
しかし、いざ地方移住と言っても果たしてどうしたらいいのか。ジャーナリストの神山典士さんは、自ら東京からほど近い地方(埼玉県ときがわ町)で二拠点生活を開始。同じように「都会に近い田舎」へ移住をしている人たちを取材してきた。そんな人たちの実例「トカイナカ生活」を伝える連載第1回は、31歳で外資系の銀行をやめ、40歳で有機農業をはじめ、一度もやったことのなかったブドウ畑での生活を始めた52歳男性の生活をお伝えする。

10年かけて作り上げたワイン
かつて耕作放棄地だった日当たりのいい斜面が開墾され、棚仕立ての葡萄の木が何畝にも渡って長~く枝を伸ばしている。
その下の牧草地には小羊の親子が三匹。ロープを伸ばしてワインを買いに来たお客さんや子どもたちとじゃれ合っている。
丘の上につくられた小さなワイナリーの周囲では、週末になるとキッチンカーやコーヒーショップが出店し、Tシャツに模様をつけるエッチング教室なども開催されていつも人だかりができていた。駐車場を兼ねた広場では子どもたちが自転車や三輪車を乗り回し、テラスのテーブルでは買い物を済ませたお客さんたちがランチを食べたりワインやコーヒーを飲みながら思い思いに談笑する。緊急事態宣言後は思い思いに集まることができなくなっているが、人々の癒しの場となっていることに変わりはない。
ここの葡萄畑の特徴は、全ての畝の上にビニールシートが覆われて雨よけになっていること。他の葡萄畑ではみない栽培方法だ。
ワイナリーの冷蔵庫にも特徴がある。ワインだけでなく日本酒の種類も豊富だ。

ここは池袋から東武東上線に揺られて約1時間の埼玉県小川町。有機農法のメッカとして知られ、「埼玉の灘」と言われるほど日本酒の蔵も多い。その地に初めての葡萄畑が広がり始めたのは約10年前のこと。ワイナリーができてこの地でワイン醸造が始まったのは2019年、いまから2年前のことだった。
すべてはここ「武蔵ワイナリー」のオーナー、福島有造さん(52歳)の手によるものだ。いくつもの「?」が重なるこのワイナリーの特徴を一言で言えば、「夢と工夫と素人発想のオリジナルなワインづくり」。
その数奇な人生から、有機の里に完全無農薬のワインが生まれてきた。そのボトルにはどんな物語が詰まっているのか――――。
年収1000万円の外資系銀行員を捨てて
「前職は銀行員でした」
いまではすっかり土に馴染み、森の熊さんのような優しい風貌の福島さんだが、かつてはスーツに身を包み、大手町界隈を闊歩する銀行員だった。福島さんが振り返る。
「新卒で最初に入った長期信用銀行はバブルが崩壊して実質破綻するんですが、その前にやめて外資系銀行へ。そこも3年で辞めてフリーで株の売買をやったりしていました」
外資系銀行員のときはプライベートバンカーで年商は2億円程度、年収も20代で1000万円以上あった。フリーで株の取引を始めた時は、あるソフトを使って儲かる公式を編み出し、ルール通りにやっていたら損する気はしなかった。ところが時々それに飽き足らなくなり、ルールを破って大損してしまう。目の前を大金が動いてもただの数字。お金とは感じられない。いくら儲けても楽しいとは思えない。もともと「保守・安定」という思考からは外れ、金融の世界には馴染まない人間だった。
その後リゾートマンションの投資を始めそこそこの利益を出していたが、とあるトラブルから事業撤退。さて次は何を? と考えたとき、元になったのは株屋の発想だった。
「もうマネーゲームではなくてこれからの人生を賭けられる仕事がしたい。人生を張るなら底値の業界がいい。そこで頑張って利益を出せば大きなリターンをえられますから。そう思って日本経済を見てみると、農業が浮かび上がってきたんです」