歴史に残る数々の名曲を生み出した「ピアノの詩人」ショパン。なかでもバラードは、彼の才能が最大限に発揮されたジャンルだと、現役ピアニストのイリーナ・メジューエワさんは言います。その真価はどこにあるのか? 新刊『ショパンの名曲 ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ 2』よりお届けします。
ショパン芸術の最高峰
バラードはショパンの創作の中でもっとも完璧かつ最高の天才が発揮された――ショパンの豊かなピアニズムが結晶した――ジャンルだと思います。
繊細で親密なモノローグの世界の一方で、オクターヴや和音、幅広い音域を使ったパッセージなど、華やかな世界がある。
そして、ショパンにしては珍しく「物語性」や「描写性」を感じさせる音楽。音の世界だけでなく、プラスアルファの要素があるので、弾き手も聴き手もイメージを持ちやすいのではないでしょうか。
予想しない展開が起こるなど、つねに驚きと発見の連続です。当然、人気も高い。
スケールの大きさはスケルツォに似ていますが、バラードは劇的なアイディアがより豊富で、パッションと悲劇的な力をもっています。
それを聞かせるためには、芸術的なテンペラメント(気質)とリリシズム(抒情性)の両方が必要です。

テクニックとポエジーの一体化
スケルツォに比べると、バラードのほうがより自由に書かれており、技術的な点でもよりむずかしいと言えます。
スケルツォが純粋なヴィルトゥオーゾ・ピースのような側面をもっているのに対して、バラードでは、すべてのテクニックがポエジー(詩情)のために奉仕しています。
ヴィルトゥオジティ(名技性)が表面ではなく内面にあってポエジーと結びついているんですね。音楽作品のなかでテクニックと内容が一体化している好例だと思います。
ポエジーよりもテクニックが前面に出てしまうのは許されません。それもバラード演奏におけるむずかしさのひとつです。
バラードを弾くために大切なのはすべての音のグラデーションです。
抒情的なモノローグでの、ダイナミクスのうえだけでなくポエティックな意味での繊細さ。他方では、叙事的でヒロイックなスケール感の表現のための立派なサウンド。基本的に堂々とした語り口が必要となります。