『大豆田とわ子』完結…坂元裕二作品は「新自由主義」とどう向き合ってきたのか

松たか子演じる大豆田とわ子と、松田龍平、角田晃広、岡田将生演じる三人の元夫たちによる大人のロマンチック・コメディ『大豆田とわ子と三人の元夫』(以下『まめ夫』)に多くの視聴者が魅了されている。SNSでも考察や解釈が盛んに広がっているが、坂元裕二脚本作品にはそれをさせる魅力がいつも存在している。

『まめ夫』をわかりやすい記号で説明すると、会社社長のバツ3女性が、三人の元夫たち(一番目はレストランのオーナー兼ギャルソン、二番目はファッションカメラマン、三番目はエリート弁護士)に振り回されながらそれぞれの幸せを見つけていくという内容。数々の恋愛模様を描いてきた坂元作品、本作も恋愛を軸にしたコメディとしてとても面白い仕上がりになっている。

しかし、視聴者の関心は物語のベースであるラブストーリー以外にも及ぶことが多い。それは、坂元裕二という脚本家が作品をつくる上で、しっかりと時代を反映した様々なトピックスを随所に散りばめているからにほかならない。

以前『脚本家 坂元裕二』内のインタビューでは「ひとりの人物を描くときに、家族だけとか、パートナーだけとか、恋愛を取り巻く人だけでお話が成立するとは思えなくなった」と語っていた。

たとえ登場人物が半径数メートルの範囲に生きていたとしても、その人は地球の裏側で起こった何かの影響を受けていたりするもの。社会的なことやパブリックなことは市井の人物にも確実に影響を与えているのだから、そのことも描かなければ嘘になる。そういう信念がここ数年の作品には色濃く出ているように思う。

 

新自由主義にどう向き合うか?

特別気になるのは、坂元作品から読み取れる「新自由主義にどう向き合うか」という意識だ。この思想は今の日本を丁寧に描こうとするならばどうしても避けられないことのように思う。『まめ夫』も然り。ドラマの主題がラブストーリーだったとしても、登場人物たちは確実にその影響を受けてしまっているのだ。

ネオリベラリズム、ネオリベとも言われる新自由主義というワードが「格差の拡大」「セーフティネットの喪失」「労働者の立場の弱体化」などと何らかの関係があるのではないかということは、近年叫ばれ続けている。

競争志向で富を蓄積する者が勝ち組となる新自由主義の価値観は現に私たちの生活に深く影響を及ぼしているし、すでにその思想が染み付いてしまっている可能性すらあるのだ。坂元作品を観ていると、そのことを気にせずにはいられなくなる。

関連記事