先日、アメリカの食品医薬品局(FDA)がアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を承認したことが話題となった。この新薬は、脳の中にたまったアミロイドβという異常なタンパク質を取り除く役割があるそうだ。
じつは健康な人でも、脳の中でアミロイドβは作られているのだが、脳内の「ある働き」によって日々洗い流されているという。その働きを担っているのが、「脳の中の水」だ。
脳は硬い頭蓋骨の中で液体に浸っているのだが、脳の隅々を満たすその「水」は、常に流れて入れ替わっていることが、最新研究で明らかになった。この水の流れが、脳の健康に関わっているかもしれないという事実が見えてきたのだ。
人はなぜ歳を取ると認知症になるのか、その謎を解き明かす鍵が、この「水の流れ」にあるのかもしれない。
そして、「水の流れ」を良くするには、私たちが毎日している「あること」と深い関係があると言われるのだが――。
好評発売中のブルーバックス『脳を司る「脳」』の内容を踏まえて、ご紹介しよう。
母なる海
私は海沿いの港町で生まれ育ったため、海をみるとホッとした気持ちになります。朝市ではとれたての魚介類が売られていましたし、幼少の頃からお刺身やお寿司が大好物です。東京に来てからは、海を見る機会もめっきり減ってしまいましたが、やはり年に数回は広い海を見て癒されたくなります。
海は、人類にとっても故郷と言えるのかもしれません。人体のおよそ6~7割は水からできていると言われています。その水には、色々なものが溶け込んでおり、生理食塩水と呼ばれているとおり塩っぽいものです。
私たちの祖先が海からやってきたことを思えば、私たちの体を作る細胞にとってはそれがもっとも居心地が良い状態ということができます。細胞の中は当然のこと、細胞の外側も同様の液体で満たされています。言うなれば、あたかも培養液に浸っているような感じをご想像いただければ良いかと思います。

脳は液体の中に浮かんでいる
脳は、頭蓋骨によって厳重に守られていますが、さらにその中には液体が詰まっており、脳はその液体の中に浮いているような格好をしています。この液体は「脳脊髄液」と呼ばれており、脳の衝撃を吸収する緩衝材としての役割を果たしています。たとえて言うと、お豆腐のパックが水で満たされているのと同じ理由です(実際は漬物のパックのようにもっと密封されたものですが)。
脳脊髄液は、"脳の中"で常に作られている特別な液体ですが、元々は私たちの体内にあるものから作られています。何だかわかるでしょうか?
そう、血液です。脳の中には、血液をこし取って、赤血球や白血球などを取り除き、成分調整をして脳内に送り込む特殊な場所(脈絡叢/みゃくらくそう)が存在しています。

脳の中で脳脊髄液が作られる場所は、脳室と呼ばれる空間で、脳の左右に一対、中央に一つあり、それぞれ側脳室、第三脳室と呼ばれています。第三脳室はさらに第四脳室へと繋がっており、そこから脳と脊髄全体に脳脊髄液が送られています。