裏社会に強いジャーナリストの双璧、溝口敦と鈴木智彦。その溝口敦の話題作『喰うか喰われるか 私の山口組体験』を鈴木智彦が豊富な現場取材に基づく視点から説き明かす短期連載の第二回。三代目田岡一雄組長をめぐるメディアの裏面史とは?
異能と勇気
私にとって溝口は鉄人だった。
編集部を辞めてライターとなり、暴力団を書くようになって畏怖は更に増した。何度自問自答してもあんなふうに書けない。謙遜ではない。私だって溝口を超えてやると奮起した時はあった。今だって少しは追いつきたい。が、私には溝口の異能と勇気、自分の無能と臆病が分かる。だから時たまインタビューを受け、「(ヤクザ取材で)危ない思いをしましたか?」と質問される度、自意識がずたずたにされる。時折、染み付いたヤクザ記事構文から抜けだそうと片足を踏み出すレベルで、危険などあるはずはない。悪意はなくとも、その質問は当てつけだ。
溝口は最初から異能だった。
第一作は徳間書店の『月刊TOWN』の連載をたたき台にして、大幅に追加取材、加筆した『血と抗争』である。初版は68年、若干26歳での処女作だ。『実話時代』の蔵書でみつけ、何度読んだか知れない。そのくせ、『喰うか喰われるか』を読むまで、調査報道の手法で山口組をルポルタージュした第一人者が溝口だと知らなかった。あまりに早熟で、他の作家たちが年長だったため、つい後追いと勘違いしていたのだ。
