研究されつくされた植物での新発見
ペンシルバニア州立大学の分子生物学者ティム・グッキン氏が、シロイヌナズナに見たことのない形の器官があるのに気づいたのは、2008年のことだった。
シロイヌナズナは高さ30センチで、白い小さな花をつける。いわゆる「ぺんぺん草」の仲間だ。世界各地に広がっていて、日本にも帰化植物として分布している。

シロイヌナズナでは、太い花柄の先に花がつく。さらにこの花柄から小花柄という細い茎も分かれて、その先にも花がつく。
この小花柄はふつう、花柄から分かれるとまっすぐに伸びる。しかしグッキン氏が見たシロイヌナズナの小花柄は、いったん水平に伸び、そこでひじのように折れ曲がって、上に伸びていた。

ほかの種との交雑などで、偶然できたものだろう。グッキン氏はそう考えていたが、それからもたびたび見つかるので不思議に思い、詳しく調べ始めた※1。
その後12年にわたり、さまざまな条件でシロイヌナズナを育ててわかったのは、このひじのような形の器官は異常ではなく、自然に生じるものだということだ。グッキン氏はこの研究結果を6月15日にDevelopment誌で発表した※2。
実は、シロイヌナズナはただの地味な草ではない。世界で最も詳しく研究されている植物のひとつだ。
ヒトの体のしくみや病気を研究するときには、ヒトと同じほ乳類で、細胞や遺伝子のはたらきが似ているマウスを使って実験する。植物の研究でこのマウスにあたるのがシロイヌナズナだ。
シロイヌナズナは実験室内でも育てやすく、まいた種が育って再び種がつくまでが6週間程度と短いので、研究に使うのに都合が良い。ゲノムも解読されていることから、植物の遺伝学的研究で広く使われている。

研究論文の数をみるとそれがわかる。シロイヌナズナに関する論文は、2015年の時点で5万4000件あり、それ以降も1年に4000件のペースで新しい論文が発表されている※3。
植物学者のパーシー氏は、「(この器官が)アマゾン地方の奇妙な植物で見つかったというなら、特に驚かない」とコメントしている※4。「びっくりしたのは、それがシロイヌナズナで見つかったことだ」(パーシー氏はこの研究には参加していない)。
このひじのような形の器官を、グッキン氏は「カンティル」(cantil)と命名した。建築で使う、一端だけを固定した梁(片持ち梁、英語ではcantilever)に似ているからだ。
この新しい器官の役割はまだわからないという。決まった条件でしか形成されないので、シロイヌナズナにとって特にメリットはないのではという見方もある※5。