塩崎元厚労相「引退」で懸念される改革派政治家の「絶滅」

嫌われても疎まれても政策を主張した人

妥協のない政策新人類

官房長官や厚生労働大臣を務めた塩崎恭久衆議院議員が秋にも行われる総選挙に出馬せず、政界を引退する。

霞が関の官僚たちに「政策にうるさい議員」として恐れられた塩崎氏が、「国難真っただ中」とも言えるこのタイミングで永田町を去る影響は大きい。古くから塩崎氏と“共闘”してきた「改革派」の間にも衝撃が広がっている。

by Gettyimages

塩崎氏が一躍注目されるようになったのは1998年の金融国会。金融機関の不良債権処理を進める金融再生法の成立に活躍した与野党の若手議員のひとりとしてだった。「政策新人類」と呼ばれた面々には塩崎氏のほか石原伸晃氏や渡辺喜美氏、枝野幸男、古川元久氏らと共に名を連ねた。塩崎氏は当時、議員5年生、まだ40代だった。

他の若手議員がその後、政治家として大物になり、「政策」よりも「政局」に軸足を移していく中で、塩崎氏は引退を決めるその日まで「政策人」であり続けた。

政治家の仕事は、最後は「利害調整」なので、政策でも落ちどころをさがし「妥協」するのが常だが、塩崎氏はとことん「正論」にこだわり、自説を譲らなかった。

 

最後は同僚議員や官僚たちが「根負け」して、塩崎氏の主張が通ったものが少なからずある。それが日本の「仕組み」を大きく変えることにもつながってきた。

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