研修と同時に読んだ貧困のルポタージュ

乳児院は、様々な状況で実親が育てられない場合に赤ちゃんが預けられる施設で、赤ちゃん版の児童養護施設だ。助産師さんの研修では当然人形を使っての沐浴やらおむつ替えの研修だったため、実際の赤ちゃんで沐浴やおむつ替えの様子を見学させてもらったり、一緒に遊んでみたりご飯を食べさせるお手伝いなども行った。保育園でも子どもたちと遊んだり給食を一緒に食べたりして触れ合った。

私には3歳年下の妹がいて、当時4歳と0歳の甥っ子が2人いた。沖縄と東京と離れて暮らしてはいるが、私は東京への出張の際に泊めてもらうことも多く、彼らも年に一回は沖縄に遊びに来るため、甥っ子たちは身近な存在だ。そのためトビー氏と私にとっては、乳児院研修も保育園研修も甥っ子との関わり合いの延長だった。これは養子縁組に限らずではあるが、親戚や友だち付き合いなどで赤ちゃんに触れあう機会がない人にとってこの研修は非常に有益だと感じた。

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研修と並行していくつかの本を読んだことが、特別養子縁組を目指す私の意識を変えた。それが、「誰がこの子らを救うのか 沖縄─貧困と虐待の現場から」(山内優子著/沖縄タイムス社)、「夜を彷徨う 貧困と暴力 沖縄の少年・少女たちのいま」(琉球新報取材班著/朝日新聞出版)、「裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」(上間陽子著/太田出版)の3冊だ。沖縄在住ゆえのセレクトだが、異なる切り口で貧困にさらされた沖縄の子どもたちの実情を記したルポタージュで、それぞれに心に響くものだった。

これらの本を読んで私は自分の育ちを振り返った。私は裕福な家庭で経済的な問題を感じることなく育った。小学校受験をしたので学区域の公立学校に通わなかった。様々な習い事をして、やりたいと言ったことを親からダメだと断られたことはない。

高校、大学も私立校に進学したが、私立を志望することに抵抗はなかったし、親からも何も言われなかった。私の学生生活で出会ったクラスメイトたちも多少の差はあれ似たような経済状況だったと思う。少なくとも、子どもの教育への関心が高く、お受験をさせる経済状況にある家庭の子どもたちと言える。

何が言いたいかと言うと、これらの本で紹介されている子どもたちのことは、「そうだよね、そういう子たちは存在するよね。同じクラスにいた誰々はそうだったかもしれない。自分もこうなりえたかもしれない」と実感があるわけではなく、小説や映画の中の話くらい自分から距離を感じたのだ。もちろん報道を見聞きする中で、日本国内に貧困が存在することは知ってはいる。でも、身近にそういった具体的な存在がいたことがないため、実感を伴わないのだ。