大きく変化した「特別養子縁組」への意識

そういうバックグラウンドの私は、「貧困問題」と聞くと経済的な制約によって生活が困窮したり、様々なチャンスを諦めざるを得ない状況を指すと捉えていたが、これらの本を読んで、経済的に安定しないと親の精神も安定せず、また、働きに出る時間が長くなったり、夜の仕事に出ることで子どもと過ごす時間が減り、子どもの健全な発育が阻害されことがあるということを知った。

それは愛情の不足感からくる精神的な不安定さであったり、十分に手をかけられないことによる精神面および肉体面における不生育であったり、不十分な家庭学習環境から学習の遅れが生じることでもある。

自分は恵まれた環境で育ったという自覚はあったものの、私がなんとなく想像していたよりも、もっと複雑で深刻な環境で育つ子どもたちがいて、加えてそうした子どもたちはごく僅かとは言えない人数だということを初めて認識し、それほどまでに無自覚だった自分に驚いた。

こうした本を読んだことや、養親研修を受ける中で、私とトビー氏の意識は変わってきた。これまでは、不妊治療がうまくいかなかったから特別養子縁組、つまり自分たちが子どもを得る手段として特別養子縁組を、という気持ちだったのが、私たちが特別養子縁組で赤ちゃんを迎え入れることで、赤ちゃん自身も、もしかしたらその実母のことも、救えるかもしれないという意識に変わってきた。

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もちろん自分たちが子育てをしたいという思いに変わりはないし、経済的に安定していることが、“いい親”になる条件などというつもりも毛頭ない。ただ、もうちょっと大きなプロジェクトの一員になったような、そんな意識に変化した。

ーーそんなこんなで、研修や本を通じて、養子を迎える準備を着々と進め、スムーズに事が運び始めたと思っていた私たち。しかし、その先でまた別の落とし穴が待ち受けていた。この話はまた別の機会に。

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