〈しんどい学校〉だから得られる学び、やりがい
しかし〈しんどい学校〉は単に「たいへんな職場」というわけではありません。先生たちの多くは、〈しんどい学校〉は「やりがいのある職場」「大いに学びのある場」であると言います。例えば、私がインタビューをした小学校のA先生は次のように語ってくれました。
(この学校での)やりがいはそうですね、でもやっぱりちょっとした変化というか、高いものを求めてしまうと全然だけど、本当に集団登校で来られなかった子が今日は来られたとか、クラスの中に入れてなかった子たちが、周りの子たちが「あいつ変わってきたよな」って認められるようになったりとか、なんかそういう本当に少しの変化というか。机に何か分かんなかったら伏せてた子たちが「もう一回ちょっと教科書読んでみよ」ってぼそっと言ったりとか、もうそういう本当にちょっとした変化がすごいうれしいですね。(A先生)(拙著より)
〈しんどい学校〉では、様々な家庭背景の子どもや保護者と出会うことになります。その中で先生たちは、貧困家庭や外国にルーツのある子どもなど、社会のなかで不利な立場に置かれる人々の存在をより意識していくようになります。
かれらを支援することは、ときに時間と労力がかかることも少なくありませんが、同時に支援することの意義ややりがいを得ていきます。次のB先生は、〈しんどい学校〉で学んだことを次のように語ります。
(仕事は忙しいが)ただ、やっぱりその家庭に関わらせてもらえるのってすごいありがたいことやなって自分は思うんですね。それは、なかなかない経験かなと思ってて。いろんな家庭に入らせてもらって、いろんなお話聞かせてもらって。その保護者の方の生き方であったりとか、いろんなことを聞く中で、自分もやっぱり成長するし、その成長って子どもにすごく返っていくし、子どもの見方も変わるし。お母さんのしんどいことであったりとか、つらいことを聞くことで、自分も成長させてもらってたり。それはすごいありがたいなと思って。だから、家庭訪問行くことであったりとかは、全然苦じゃなくて。(B先生)(拙著より)
教育格差を是正するには、教師が格差の実態について知識をもつことが不可欠です。しかしながら、日本の教員養成では、教育格差の実態についてほとんど教えられていないのが現状です*8。
〈しんどい学校〉では、多様なバックグラウンドの子どもや保護者と出会いがあります。先生たちは、かれらとの関わりのなかで、マイノリティの存在や教育格差の現実を実感し、同時にかれらを支援していくための実践や専門性を身に着けていきます。そして、こうした日々の取り組みの中で、〈しんどい学校〉だから得られるやりがいや学びを実感していくのです。