2021.07.04
# ラグビー

被災地・釜石から世界へ発信された「みんなのスタジアム」の新しい形

敷居が低く、地域活性化の中心となる場
大友 信彦 プロフィール

第2、第3のウノスタが各地に

そして、永廣さんは付け加えた。

「これからは、世界中でこういうスタジアムが増えてくると思います」

物語は終わらない。ウノスタを設計する過程で得た知見は、すでに違う町のスタジアムに活用され始めてている。

 

そのひとつが、愛媛県今治市に計画されている「里山スタジアム」だ。サッカーJ3のFC今治のホームスタジアム。J1、J2のホームスタジアムは全席が屋根に覆われていなければならないが、J3はメインだけでOKだ。

だから、J2に上がるまでは屋根はメインだけにして、スタジアム建設時の負担を極力減らそう。初期の工費を極力抑えよう――そんな考えで設計された「里山スタジアム」は、グラウンドの四方を囲むスタンドも土盛りで、ウノスタによく似た設計になっている。

「今治でも、同じことを考えました。囲いのない、市民がいつでも参加できるスタジアムを作りたい」

そう言うと、永廣さんは、嬉しそうにつけくわえた。

「今治のスタジアムも、ウノスタと同じように、背後に山があって、海が見えるスタジアムなんです」

新しいスタジアムを設計するとき、そこにウノスタの光景が投影される。それはワールドカップの賑わいだけではない。むしろそのあとの、市民が、子どもたちが、老若男女さまざまなスポーツの愛好家が、思い思いにスタジアムを利用し、笑顔と歓声が飛び交う光景が。

釜石でのワールドカップ開催が決まったとき、スタジアムはまだ着工もされていなかった。ワールドラグビーの視察チームが訪れたときは市民有志が敷地の四隅に広がって立ち、大漁旗を振って「スタジアムはここに作りますよ」と伝えた。

釜石開催決定後の2016年にチャリティーイベントで釜石を訪れた元オールブラックスの英雄ダン・カーターさんは、まだ更地だったスタジアム建設予定地で、「世界中のいろいろなスタジアムで試合をしてきたけど、こんなに美しい景色に囲まれたスタジアムは他にない。アメイジングだ」と言った。

ダン・カーターさんは東日本大震災と同じ2011年、クライストチャーチで大地震を経験していた。そこには震災被災地同士のシンパシーがあったのかもしれない。

チャリティーイベントで釜石を訪れたダン・カーターさんは「アメイジング。世界一美しいスタジアムになるよ」と称えてくれた(2016年7月)
ダン・カーターさんら一行が訪れた日、鵜住居は霧に覆われた幻想的な姿を見せていた(2016年7月)

2019年、そこに作られたスタジアムで、素晴らしいワールドカップが行われた。ワールドカップが終わり、仮設席が撤去され、風が吹き抜けるスタジアムには、今日も子どもたちが訪れ、歓声を上げる。その姿は、地域活性化のモデルとなって、日本の、世界の、どこかの町のスタジアム作り、地域作りにも活かされる。

秋が深まると背後の山が紅葉に染まり、スタジアムはまた映える(2019年11月)

ウノスタは、ワールドカップが終わっても、日本や世界に貢献し続けている。震災の時、世界から届けられた支援への感謝の思いとともに。

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