「憑依」される感覚
「僕がなかなか理解できなかったのは、彼女が憑依されることを“レイプ”と表現したことでした。今もその感覚はわかりません」
するとベッカー教授は「催眠術にかかったことはありますか?」と尋ねた。僕が「ありません」と答えるとこう言った。
「今はやっていませんが、催眠療法のために催眠術を習ったことがありました。催眠術にかかると、自分の意識がどこかに放り出され、術者の言われるままになります。変性意識状態というのですが、その時、体から離れた魂のような本来の意識は、何もすることができず、自分の肉体を第三者的に見ているだけです。やめてほしいと思っても、催眠術にかかっている限り傍観するしかないのですからものすごい屈辱的です。
催眠術は憑依じゃないけど、本来の意識を排除して、そこへ他人の意識を入れて脳を支配する技ですから、彼女の体験とよく似ています。彼女も本来の意識が排除されて、そこへ霊が入るわけですから、かなり強い違和感を覚え、意識がレイプされている感覚になったのは当然だと思いますね」
「なるほど。確かに、自分の肉体を奪われているのに、何もできずに、ただそばでじっと見ているだけというのはすごくつらいですね。女性ならレイプされた感覚になっても不思議ではないかもしれません」
「そうです。怖いです。私も催眠術でそれに近い感覚になったことがあります。ただ、私の場合は、術者が尊敬する恩師だったから安心でしたが、もし知らない霊などに乗っ取られたとしたら、たまったもんじゃないですね」
「記録を残す」ことが大事
「憑依を科学的に証明しようとする人たちもいますが、憑依現象はいずれ科学で解明できると思われますか?」
「精神科医が調べたいという時は、脳内現象に還元したいという意味のことが多いです。でも脳内現象だけでは説明しきれないですね。
バージニア大学の医学部は、前世の記憶を持っている子供たち数千例を統計学的に調べています。まだ仮説の段階ですが、前世を覚えている子供たちの多くは、自然死でなく事故や殺人などで突然亡くなった人を思い出しているようです。また、地球の反対側のように遠い場所からではなく、数百キロ以内で生まれ変わっている傾向があるようです。こうしたテーマは統計学的に見ると何かあるんだと気づきますが、科学的にとなると難しいでしょうね。たくさんのデータが集まれば、それを分析することで、見えてくるものがあるかもしれません」
ベッカー教授は「大切なのは記録を大事にとっておくことだ」と言った。「いかがわしい」とか「非科学的」とかの理由で否定するのではなく、現象として存在したことを記録しておけば、いずれわかる時が来るかもしれないということだろう。
かつて物理学者の中谷宇吉郎は「大自然という大海の中に論理という網を投げて、引っかかってきたものが科学的成果で、大半の水は科学という網目からこぼれ落ちる」と語ったと岡部健医師から聞いたことがある。人間が知っていることなんて、この自然のごく一部でしかないことを、謙虚に自覚することだろう。