その証拠に、筋骨隆々の身長180cm超えのアジア人男性相手に「シノワシノワチンチョンチャン」と通りすがりにゲラゲラ笑いながら言う「ユーモア」を開陳する人は、麻薬や酒で自己防御本能が外れていない限りほぼいません。

そういう意味で、やった人はどんなに「悪気はなかった」としても、やはり弱者(と自分がみなしたもの)に対する攻撃なのです。こうした人達にはまず、こちらが不快であり差別的・侮辱的であると思っていることを表明しないと「やってはいけないこと」というのがわかりません。

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「面倒な人」になるのが苦手なアジア人

人は面倒を避けたいのが本能です。アジア人に対して差別的な言動をする人は、ユダヤ人、アフリカ人、アラブ人には同じことをしません。彼らに同じことをしたら、公衆の面前で大声で抗議され面倒なことになるからです。私たちアジア人も差別を受けたら、大声で「不快だ!」「嫌だ!」「侮辱的だ」と騒いで「面倒な人」になっていいのです。

ただ、アジア人、特に日本人は「面倒な人」になることが苦手なところがあります。

最近は減りましたが、15年前くらいは上記のような目に遭ったと誰かが日本人ネットコミュニティで言うと、他の在仏邦人から「フランス語ができないのだろう」「服装や振る舞いが悪かったのだろう」「日本人は尊敬されているから中国人と間違えられたのだろう」「私はいつもフランスのマナーやTPOをリスペクトしているので差別されたことはない」「差別差別騒ぐのはみっともない」と袋叩きになっていたものです

差別されるほうが悪いと叩く人たちは、自分さえ優等生な行動をとっていればそんな不条理な目に遭うことを避けられると信じたいのでしょう。その気持ちはわかります。

フランス国立人口研究所でフランスのアジア人移民史を研究する莊雅涵(Ya-han Chuang)氏は、現代フランス社会のアジア人差別の非認知ぶりを説明するにあたり、その著書『模範的マイノリティか? -フランスの中国人とアジア人差別-(未邦訳)』(2021年、La Découverte社)で「アジア人社会は長らくフランス社会では移民優等生扱いであり、そのため、他の民族人種が反差別運動を始めた時に乗り遅れてしまった」と分析しています。