「辞任は当然」か…? “小山田圭吾氏”騒動にみる「過去のいじめ」問題

被害者にとっては「過去」ではない
阿部 恭子 プロフィール

被害者感情も加害者の反省も受け入れる社会へ

加害者や第三者にとっては「過去のいじめ」でも、被害者にとっては時が止まったまま、被害が生じ続けているケースがあることは忘れるべきではないであろう。被害者がマイノリティ(社会的弱者・少数者)であれば、同じ集団に属する人々にも恐怖や屈辱感を与えているかもしれない。こうした被害者感情を社会が肯定し、共有することが重要である。

 

一方で、加害者に対し、一方的に糾弾するだけではなく、本人からの説明や更生の機会も封じられてはならず、ネットリンチや行き過ぎた制裁には歯止めがかけられるべきである。過去の行為によって社会的評価が低下し、一定の活動に制限がかかることは致し方ないかもしれない。しかし、社会的地位を剥奪することが正しい解決ではないと考える。

現在、社会に求められているのは誰かを裁くことではなく、加害行為が繰り返されないために何をすべきか、ひとりひとりの問題として考え、事態を冷静に見守る姿勢ではないだろうか。

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