2021年3月21日に行われた女子バスケットボールのWリーグ。12連覇を狙うENEOSサンフラワーズを破り、トヨタ自動車アンテロープスが初優勝を飾った。

「お待たせしましたー!ようやく歴史を変えましたー!」

写真提供/トヨタ自動車アンテロープス

優勝インタビューでそう叫んだのは、馬瓜エブリン選手。エブリン選手はその後、東京オリンピック代表選手にも内定した。

彼女は生まれも育ちも日本だが、ガーナ人を両親に持ち、日本の文化とガーナの文化が混在する環境で育ってきた。中国人を親に持ち、日本に生まれ育った私は似た境遇であるからこそ、その大変さを知っている。しかし、テレビに映るエブリン選手は、自分を表現することを臆さない。そんな彼女の魅力に引き込まれ、是非話を聞きたいと思ったのだ。

写真提供/トヨタ自動車アンテロープス
東京五輪が開幕した。自身が元飛込日本代表で、競泳の日本代表選手である瀬戸大也選手の妻でもある馬淵優佳さんが、アスリートたちに本音をインタビューして綴っていく連載「スポーツが教えてくれたこと」。5人目に登場いただくのは、トヨタ自動車アンテロ―ブスに所属し、バスケットボール女子日本代表として東京五輪出場の馬瓜エブリン選手だ。優佳さんが話を聞き、自ら執筆するインタビュー前編では、エブリン選手の「人と違うもの」から得たことについてお伝えする。
 

エンジニアの勉強のためにガーナから日本へ

エブリン選手の人柄の良さは、26歳の誕生日を迎えた直後に実現したインタビュー中でも垣間見えた。まだ慣れないインタビューで緊張する私に「もっと気楽にやりましょうよ」と突っ込んでくれたお陰で、その場で私が作ってしまった緊張感を一気に解いてくれたのだ。オリンピックに向けて着実に強さを増すエブリン選手だが、その強さはバスケの技術だけではなかった。

「お父さんは元々ガーナでエンジニア関係の勉強をしていました。その勉強がもっとしたいとガーナで結婚した後、お父さんが先に単身赴任で来日しました。その後、お母さんが追いかける形で日本にきました。ちょっとラブストーリーみたいな話ですよね」

エブリン選手姉妹が生まれる前に、ご両親はガーナから日本に来た。しかしはるか遠い国から来日し、子どもを育てるのは容易ではなかっただろう。
「仕事をするにもなにをするにも、まず日本語がわからないってところがスタート。二人とも日本語が全くわからない状況で来たんですけど、お父さんが大学に入り、そこで友達ができて色々助けてもらっていました。自分は、親に代わって難しい書類とかを読まなきゃいけなかったから言葉や漢字の覚えは早かったと思います」

愛知県で生まれ育ったエブリン選手には、3歳離れた妹がいる。妹のステファニーさんもまた、日本で生まれ育ち、現在同じトヨタアンテロープスに所属するバスケットボール選手である。

「2歳のときと、18歳のときにお母さんと妹とガーナに行きました。めちゃくちゃ楽しかったです。お母さんにとっては里帰りだけど、自分にとっては遊びにいった感覚でした。いろんな親戚にも会ったけど全然知らなくて(笑)、自分としては本当に海外に行った感じ。完全に自分は日本人だなと思ったのが、アフリカが未知の領域すぎて、どういう生活してるんだろうって思ってたからです。でも実際行ってみたらショッピングモールもあるし、高いビルもあるし、住めるって感じました。妹は着いた瞬間に、帰りたいって言ってましたけどね(笑)」

18歳のときのガーナ旅行 写真提供/馬瓜エブリン