「憑依」される人々
もしあなたの恋人が、いや家族が、ある日突然見知らぬ人格に変わってしまったらどうするだろうか? たとえそれが事実であっても容易に受け入れがたいはずだ。ところが、そんなことが実際にあったのである。
2012年だった。30余人の死者の霊に憑依された20代前半の女性がいた。高村英さんという。若い女性なのに、突然子供になったり、年老いた漁師になったり、果ては犬になって暴れ回り、抑えようとした大男たちを次々と蹴飛ばしたというから、まるでアクション映画を見ているようだった。自作自演かとも考えられたが、彼女の世代では聞いたことがないはずの古い方言までしゃべりだすのだからただごとではない。
死者の霊に憑依されたとしか考えられなかった。そして、彼女が助けを求めたのが宮城県栗原市にある古刹、通大寺の金田諦應住職である。金田住職は、彼女に憑依した霊を、儀式によって1人ずつ引き剥がして死者の行くべき世界に送るのだが、最後の1人を送るまで約10ヵ月かかったという。
お断りしておくが、金田住職は除霊を専門に行っているわけではない。だから、除霊の儀式は秘密裏にではなく、東北大学教授や医師などの専門家や報道記者らがいる目の前で行われた。そのことをまとめたのが拙著『死者の告白 30人に憑依された女性の記録』(講談社)だが、それ以来、金田住職のもとには「霊障」といわれる不思議な霊的現象の相談が相次いでいるという。
2013年頃に金田住職から聞いた話には、東日本大震災に絡んだ不思議な現象が多かった。たとえば、ある女性の相談――。親戚の看護師が津波で亡くなったが、震災後に旦那さんが再婚すると、その夜から亡くなった看護師がものすごい形相で夢の中に現れて旦那を非難するようになった。何とかしてほしいと訴えたという。当時はこれに似た話は枚挙にいとまがなかった。今もこんな訴えが続いているのだろうか。

僕は久しぶりに金田住職を訪ねた。
「先日も山形から出稼ぎに来ているという男性がお寺に来られました。仕事中に、具合悪そうに表情を歪めたりするのを、たまたま霊感の強い同僚の女性が見ていたそうです。自殺した母方のおばあちゃんの霊が憑依したらしく、何とかしてほしいとうちに来られました。おばあちゃんは恨みを晴らしたいという思いをこの男性にぶつけようとして憑いたようで、話としては単純なんです。供養の儀式をしてお位牌を作ってあげると、おとなしく死者の世界へ行ってくれました。10年ひと区切りと言いますか、最近は震災に絡んだ相談よりも、日常生活につながった相談が圧倒的に多いですね」
「日常生活の中で何かに憑かれるということですか?」
「そういうことですね」と、金田住職はいくつかのケースを紹介してくれた。最初に挙げたのは40代後半の男性でアクターだった。高村さんと似ていたが、ただ高村さんの場合は訥訥と語る言葉をつなぎながらストーリーを作っていくことができたが、彼の場合はすべて自作自演だったという。